No.1266 (2019/06/19) 環境問題と人為的温暖化・再エネの虚妄K
自然エネルギーの基本的な特性について/再エネはなぜ高価になるのか

 前回は、少し横道に反れてしまいましたが、本題に戻ります。

 前々回までの議論で、エネルギー技術を評価するための基本的な視点の整理が終わりましたので、いよいよ今回から『再エネの虚妄』について検討していくことにします。

 再生可能エネルギーの定義とは、Wikipediaによると以下の通りです。

広義には、太陽・地球物理学的・生物学的な源に由来し、利用する以上の速度で自然界によって補充されるエネルギー全般を指す。狭義には、多彩な利用形態のうちの一部を指す。太陽光、風力、波力・潮力、流水・潮汐、地熱、バイオマス等、自然の力で定常的(もしくは反復的)に補充されるエネルギー資源より導かれ、発電、給湯、冷暖房、輸送、燃料等、エネルギー需要形態全般にわたって用いる。

 再生可能エネルギーとは、大まかに言えば、太陽放射エネルギー、天体としての地球の運動エネルギー、地球の内部からの熱エネルギー、そして生物に由来するエネルギーないし、それらが変化したエネルギーということになります。

 この内、地球内部からの熱エネルギー、つまり地熱については大昔から温泉熱の利用として有効に利用されてきました。また、生物由来のエネルギーとして薪炭はこれもまた有史以前から人間の生活に欠かせないものでした(蛇足ですが、再生可能エネルギーには含まれないのであろうと思いますが、広義には石炭も植物起源のバイオマスの化石です。)。
 これらは、伝統的な使用法に学んで使い方を間違えなければ、確かに有効なエネルギーですが、石油工業文明を支える基幹的なエネルギーとして化石燃料の代替などという無謀な使い方をすれば、自然環境の破壊をもたらすものであることを銘記しておかなければならないでしょう。

 以上から、以下の議論では主に、太陽放射エネルギーと天体としての地球の運動エネルギーに起因する「自然エネルギー」≒再生可能エネルギーとして検討していくことにします。

 まず、既存の主要なエネルギー資源に対して、再生可能エネルギーの特徴は、「自由財」である点です。つまり、どこにでも普遍的にあるモノであり、したがって希少性がないために資本主義的工業化社会の中において、これまで商品にならないモノだったということです。

 これはエネルギーの利用価値という視点から見ると、第一の特徴として、エネルギー密度の低いエネルギー資源だということです。
 そして第二の特徴は、不安定かつ制御不能であり、貯蔵の利かない一過的なエネルギーであることです。

 この再生可能エネルギーの基本的な特徴は、工業生産を支えるエネルギーに要求される制御可能で蓄積可能であるという条件と真っ向から対立する特性を持っていることが分かります。更に付け加えると、工業生産を担うエネルギーとしては密度が低すぎるという点も大きな障害となります。

 したがって、再生可能エネルギーを工業生産を担うエネルギーとして使用するためには、二つの特徴を克服しなければならないのです。そのための必然的な結果として、

@不安定でエネルギー密度の低い再生可能エネルギーを工業的な利用価値のある密度の高いエネルギーにするために必要な装置の規模が例外なく巨大なものになる。
A不安定性を取り除き制御可能なエネルギーにするために、何らかの貯蔵システムが必要になる。

 このHPではすでに何度も例示してきたので、ご承知の方も多いと思いますが、例えば、定格出力2MWの地上設置型風力発電装置は、高さ100mを超えるような巨大なものになり、地上部分だけで使用される鋼材重量は200tを超えます。基礎を含む鋼材重量を250t程度だとしておきましょう。風力発電装置の設備利用率を15%とすれば、2MW定格出力の風力発電装置の平均的な発電能力は300kW程度です。
 これに対して、定置型の内燃機関を用いた300kW発電装置の鋼材重量は5〜6t程度です。風力発電装置は同じ出力の内燃機関発電装置に対して実に50倍〜42倍程度の鋼材を必要とするのです。洋上風力発電では更にこの値は大きくなるはずです。

 このように巨大な発電装置になる理由を考えてみます。一つには、風力というどこにでも普遍的に存在する=密度の低いエネルギ−を利用するためには巨大な補足装置が必要になることです。
 更に、時間に対して不規則に大きく変動する風力を利用するためには、発電機の容量を実質的な発電能力に対して異常に大きくしておかなくてはならないからです。
 自然風の風速は短時間で大きく変動します。風力発電装置では風速に対して回転翼のピッチ(迎角)を変えることである程度フラットな出力になるようにしますが、突風には追随できません。したがって、不測の突風が来ても発電装置が破壊されないために、定格に対して大きな余裕のある発電機を使用することになります。
 実際には風力発電の設備利用率は15%程度なので、平均的には300kW程度の出力に対して、実際には2MW=2000kWに対して大きく余裕を見た発電機を設置する必要があるのです。

 このように、不規則で大きな変動を伴う再生可能エネルギーを利用する発電装置は、実質的な発電能力に対して異常に大きな発電装置が必要になります。この事情は太陽光発電、その他のすべての再生可能エネルギーを用いた発電装置について言えることです。 

 再生可能エネルギー発電では、出力変動を避けることができません。そのままでは工業的に利用することは出来ません。電力は、供給と同時に消費されます。したがって、常に需要に対して供給量を合致するように制御しなくてはなりません。
 実際にはブロックごとの電力供給ネットワークに対して複数の発電施設があり、ネットワークが必要とする電力需要を予測しながら、ネットワークに接続した発電施設の供給電力量を予測値に合致させるように制御して供給しています。このようなデリケートな電力供給ネットワークに予測も制御もできない再生可能エネルギー発電を直接接続することは、無謀なことです。
 それでも、ネットワークに対する総電力供給量に対して不安定な再生可能エネルギー発電の供給量が無視できるほどの量であったころは、ノイズとして無視できるレベルでしたが、政策的に不安定電力量を総電力量に対して無視できないほど導入することになれば、大きな問題になります。変動幅が許容値を超えればネットワーク全体がダウンしてブラックアウト=巨大停電が発生することになります。
 これを回避するためには、再生可能エネルギー発電側の対応としてエネルギーの一時貯めとしての蓄電システムを付加する、あるいはネットワーク運営側から再生可能エネルギー発電をネットワークから切り離す解列などの対処が必要となりつつあります。さらに、単一のブロックのネットワークだけで処理しきれない変動を吸収するために超高規格の送電線網を付加してブロック間をネットワーク化する動きもあります。
 一頃、再生可能エネルギーは地産地消の「環境にやさしい」自前の発電システムなどともてはやされましたが、実質的には巨大なネットワークの中で運用する以外にないのです。あるいは、無駄を承知で大金をかけて、自家消費するために大きな蓄電装置を付加的に導入して運用することも考えられますが、この場合でも既存の電力供給ネットワークから完全に自立することはおそらく無理ではないでしょうか。

 このように、電力供給システムに再生可能エネルギー発電を導入するためには、元々高価な再生可能エネルギー発電装置に付け加えて、エネルギー供給の安定化のために巨大な装置システムの付加が必要になるため、これを含めた総コストはべらぼうに高くつくことは、ほとんど議論の余地はないでしょう。


No.1237 (2018/10/17) 環境問題と人為的温暖化説・再エネの虚妄@
No.1239 (2018/10/24) 環境問題と人為的温暖化説・再エネの虚妄 番外編
No.1245 (2018/11/22) 環境問題と人為的温暖化説・再エネの虚妄A
No.1249 (2019/01/11) 環境問題と人為的温暖化説・再エネの虚妄B
No.1251 (2019/01/16) 環境問題と人為的温暖化説・再エネの虚妄C
No.1252 (2019/01/20) 環境問題と人為的温暖化説・再エネの虚妄D
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No.1256 (2019/03/08) 環境問題と人為的温暖化説・再エネの虚妄F
No.1259 (2019/03/28) 環境問題と人為的温暖化説・再エネの虚妄G
No.1262 (2019/04/24) 環境問題と人為的温暖化説・再エネの虚妄H
No.1263 (2019/05/16) 環境問題と人為的温暖化説・再エネの虚妄I
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No.1265 (2019/06/09) 環境問題と人為的温暖化説・再エネの虚妄 番外編 


 

No.1265 (2019/06/09) 環境問題と人為的温暖化・再エネの虚妄 番外編
人為的CO2地球温暖化の虚妄はこのようにして拡散されていく

 人為的CO2地球温暖化『脅威』説を拡散し国民の洗脳に当たっている中心的な国家機関の一つが、独立行政法人国立環境研究所です。今回、私の住んでいる大分県別府市において、環境研の地球環境研究センター副研究センター長である江守正多が講演したという記事が地元新聞に掲載されていました。残念ながら(笑)、私は『大分政経懇話会』の会員ではなかったために参加できませんでしたが。

 この江守氏という人物は、ご承知の方も多いと思いますが、このHPとも関係のある人物です。このホームページ上で直接意見交換したこともありましたし、彼の言動は何度となく取り上げてきました。彼の温暖化に対する主張は、ほとんど子供だましの非科学的なものばかりです。
 例えば、国立環境研のHPに記載されている温暖化に対するQ&Aにおける彼の回答は、正に噴飯ものです。この件については、本HPのレポート「20世紀地球温暖化の実像/再考・地球温暖化論」の74頁〜81頁に論評していますので参考に。
 江守氏は気象の専門家ではなく、元国立沖縄高専の中本正一朗さんは

― 厄介なのは、博士号をとった無学の専門家の人たちです。昨年の日経新聞の全面をぶち抜いたインタビュー記事で、国立環境研究所の江守室長が「物理学の法則を用いて世界一のスーパーコンピューターで計算させた地球温暖化予測は正しい」と主張して、日本納税者を洗脳していたことです。

と酷評しています。

 まず今回の江守氏の講演概要を報告した新聞記事を紹介しておきます。

 江守氏の講演内容は、現在の日本政府の標準的な「人為的CO2地球温暖化脅威論」を踏襲した内容です。

 まず、『異常な温暖化』に対する認識を検討しておきます。記事によると、
@現在は産業革命前に比較して1度上昇している。
A産業革命前に比較して1.5度以上の上昇は豪雨災害などによる健康被害(?!笑)が増加する。
B産業革命前に比較して2度も温暖化すると耐えられない国がたくさん出る。
としています。
 大方の人は「そうなのか」と疑うこともないのかもしれません。しかし江守氏のこの主張は歴史的事実に反する、まったく不合理な内容です。

 産業革命は、地球史的には5回目の氷河期の中において、この1万年間ほど続いている完新世と呼ばれる比較的温暖な時代の中では最も寒い時期の一つに挙げられるほど寒冷化した時期である「小氷期(Little Ice Age:14世紀半ば−19世紀半ば)」と呼ばれる時代の終盤でした。

上図に示すGISP2による気温復元図からは、産業革命(小氷期)以前には、はるかに温暖な時期があったことがわかります。エーゲ海文明の栄えたミノア温暖期、ローマ帝国が反映したローマ温暖期、中世文明、日本では平安文明の栄えた中世温暖期は小氷期に比べて3℃〜6℃程度も高温であったことがわかります。

 上図に示すように、小氷期が終わったといわれる1850年頃から2000年頃の気温極大期までの気温上昇は、0.6℃程度であることがわかります。
 また、核の冬、氷河期への回帰が心配されていた1970年代の気温は、小氷期に匹敵するほどの気温低下であったことも分かります。

 したがって、たとえ産業革命前=小氷期終盤から2.0℃上昇したところで、温暖で農耕文明が栄えていた中世温暖期よりもまだ1.0℃ほども低温なのです。産業革命以降の全地球的な規模の2.0℃程度の温暖化によって生態系に破滅的な影響が出るなどという主張は虚妄というほかないのです。

 付け加えれば、2000年代に入って以降、太陽活動の低下に伴って、顕著な気温低下傾向が表れており、この点からも21世紀の温暖化の脅威など存在しないのです。

 江守氏の講演では、気温上昇によって「最も深刻な影響を受けるのは、干ばつで農業ができなくなる乾燥地域などで暮らす途上国の貧困層や先住民だ。」としています。しかし、気温と降水の関係からは、気温が上昇するほど大気と地表面環境の間の水循環は活発になり、降雨量は増加し、陸地は湿潤化することになります。彼の主張は自然科学的に見て短絡的に過ぎる暴論です。

  江守氏は、人為的な影響、もっと端的に言えば人為的に放出されるCO2の影響によって異常気象が発生する確率が高まり、生態系や人間社会に悪影響が及ぶと脅迫します。しかし、温暖な時代は農業生産が豊かで文明が興り、社会が安定していたというのが歴史的な事実であり、彼の主張の前提条件がすでに崩壊しているのです。
 さらに、このHPで検討してきたように、産業革命以後の大気中CO2濃度上昇の9割ほどは自然増加であり、人為的な影響は僅かです。
 現在の地球低層圏大気の全温室効果の内、95%ほどは水蒸気ないし雲の効果であり、CO2による影響は多めに見積もっても5%程度です。そのCO2の内、人為的な影響は3%程度に過ぎません(「高校生のための地球温暖化論」参照)。したがって、全温室効果に対する人為的な影響は、

0.05×0.03=0.0015=0.15%

に過ぎないため、たとえ大気中CO2濃度の上昇によって気温が上昇しているとしても、人為的なCO2放出量を抑制したところで温暖化対策としての実質的な効果はないのは当然です。


 しかし、江守氏のような権威を背景とした肩書によって、何の実証的な確たる証拠もない人為的CO2地球温暖化脅威説の虚妄が、一般市民を洗脳してゆくのです。


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No.1264 (2019/05/30) 環境問題と人為的温暖化・再エネの虚妄J
工業的エネルギーの満たすべき3つの要件

 前回、工業的エネルギーの第一に満足すべき性質=基本要件として、エントロピーの低いエネルギーであること、あるいは拡散能力の大きなエネルギーであることを述べました。

 ここで少し内容を補足しておきたいと思います。エントロピーとは本来、熱エネルギーの拡散の程度を示す物理量でした。したがって、力学的エネルギー、例えば高い所にあるモノの持っている位置エネルギー(ポテンシャル・エネルギーの一種)や大気の移動である風の持つ風力などの運動エネルギーはそもそもエントロピーを持たないエントロピー=0 のエネルギーです。
 したがって、力学的エネルギーは、工業的エネルギーの基本要件である「何らかの仕事を行うことができる」能力を備えたエネルギーです。しかし、それだけで工業的エネルギーとしてすぐに利用することが出来るかといえば、そうではありません。工業的エネルギーになるためには、他にも満足すべき要件があるようです。

 18世紀の蒸気機関=熱機関による動力革命によってはじまった工業化社会以前の世界では、人力や畜力に加えて、自然界の運動エネルギーが確かに利用されていました。
 例えば粉挽き用の水車や風車であるとか、風力を移動用動力として用いた帆船などが思い浮かびます。確かにこれは有効なエネルギー利用でしたが、工業的エネルギーとは決定的に異なります。それは、水力や風力は人間によって制御することができないエネルギーであることです。

 工業生産とは、人間の思う通りにエネルギーを制御することによって初めて成り立っています。同様に私たちの工業化された社会生活においても、必要な時に必要なエネルギーを利用できることが前提になっています。
 そこで、工業的エネルギーの満足すべきもう一つの要件として、人間によって制御可能なエネルギーであることが挙げられます。

 更に付け加えると、工業生産や私たちの生活の任意の局面において、必要なエネルギーを必要なだけ利用するための前提条件として、蓄えておくことのできるエネルギー(資源)であることが必要です。

 以上から、例えば、水力を自在に利用するために高い場所に作られたダム湖に貯水された水の位置エネルギーは、工業的エネルギーの備えるべき条件を完備しています。ただし、位置エネルギーは実際には水力タービンを回転させるための運動エネルギーを得るための資源、あるいは潜在能力(ポテンシャル)を持っているという点に注意してください。
 一方、自然に流れ下る河川水の運動エネルギーや風力などの力学的な自然エネルギーは、運動エネルギーそのものであり、運動エネルギーそのものを人間の意のままに制御することや、蓄えておいて随時利用することは出来ません。これらのエネルギーは一旦何らかの制御可能なポテンシャル・エネルギーに変換することによってはじめて工業的エネルギーになるのです。

 産業革命以降、現在においても、エネルギー資源(エネルギーになる能力を持つ資源)といえば石炭燃料や石油を含む炭化水素燃料の持つ『燃焼』という化学反応によって熱エネルギーを供給することのできる『燃料資源』とほとんど同義語です。
 原子力は熱エネルギーを供給する点では同じですが、科学的には核分裂反応によって生じる熱を利用するもので、燃焼反応ではないにもかかわらずアナロジーとして『核燃料』と呼ぶのは象徴的です。
 つまり、現在の工業化社会を動かす工業的エネルギーの本質とは、制御可能な熱機関を駆動することのできるエネルギーなのです。

 

 さて、工業的エネルギーの満たすべき要件を以下にまとめておきます。

@低エントロピー、拡散能力の大きなエネルギー
A制御可能なエネルギー
B蓄積可能なエネルギー

 この三つの要件を満足した上で、現在最も優れた工業的エネルギー(資源)であるのが、石油エネルギーです。実際には利用するのは石油の燃焼による反応熱の供給と、燃焼に伴う物質拡散能力であり、その化学的ポテンシャル・エネルギーを石油エネルギーと考えればよいでしょう。

 さらに、工業化社会を支えうる基礎エネルギーとしての工業的エネルギーの備えるべき要件は、エネルギー産出比≫1.0 でした。石油燃料1単位を石油燃料生産に投入すれば、10単位のオーダーの石油燃料を生産することができます。これが石油文明が成立している理由なのです。 


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No.1263 (2019/05/16) 環境問題と人為的温暖化・再エネの虚妄I
エネルギー供給技術を評価するためのいくつかの尺度について

 今回は、工業的なエネルギー供給技術の優劣を評価するためのいくつかの尺度について考えることにします。

 私たちが日常的に使うエネルギーという言葉は、物理学的な意味でのエネルギーとは多少異なった、特殊な意味合いを含んでいます。

 まず、物理学的な意味におけるエネルギーについて簡単に触れておきます。物理学における本来のエネルギーとは、

エネルギー=力×距離

で表す物理量です。つまり、エネルギーとは力を加えて、その方向に一定の距離移動させる能力のことです。その単位はN・m(ニュートン・メートル)=J(ジュール)です。力はニュートンの運動方程式で定義される物理量であり、

力=質量×加速度

で表され、単位はN(ニュートン)=kg・m・s-2です。したがって、

J=N・m=kg・m2・s-2です。

 また、エネルギーは仕事を介して熱に転化させることができます。ジュールはこれを実験的に求めました。現在では次の値としています。

15℃において、1cal=4.1855J

 この物理学的な意味のエネルギーについては二つの大きな法則があります。それは、熱力学の基本法則であるエネルギー保存則とエントロピー増大則です。

 エネルギー保存則とは、孤立した系に含まれるエネルギーの量が変化しない=保存量であることを示しています。

 さて、物理学的な意味におけるエネルギーは保存量なので、孤立系のエネルギーは増えもせず減りもしません。私たちが日常的に使う言葉としてのエネルギーと物理学的な意味におけるエネルギーが同じものであるならば、エネルギー問題など起こることはありません。つまり、日常生活において使われているエネルギーは物理エネルギーとは異なるものであることがわかります。これを区別するために『工業的エネルギー』と呼ぶことにします。

 工業的エネルギーがどのようなものなのかを考えるために、エントロピー増大則を考えることにします。

 エントロピー(S)とは次式で表される物理量です。

S=Q/T  (J/K)

 つまり、熱量Qをその絶対温度Tで除した値です。これは、熱エネルギーの拡散の度合いを示す物理量で、熱が拡散するほど(=絶対温度Kが低いほど)大きな値になります。エントロピー増大則とは、孤立系のエントロピーは系固有の最大値に向かって単調に増大する、つまり熱は常に拡散する方向にしか現象は変化しないことを示す法則です。また、エントロピーが最大値に達するとすべての熱力学的変化は停止することになります。これを『熱的な死』と呼びます。
 よく例に出されるのは、熱い物体とそれより冷たい物体を接触させると、熱は冷たい物体に移動するというものです。この二つの物体を更に放置すると、やがて二つの物体は同じ温度になり、更に放置しておけば周囲の環境の温度と等しくなります。
 物体を取り巻く環境は大きく、そこに含まれている熱エネルギーの量は莫大であったとしても、一旦環境に拡散してしまった熱エネルギーが自然に再びこの二つの物体に集まって熱くなることはありません。これがエントロピー増大の法則の意味するところです。
 拡散した熱を強制的に再び集めることは技術的に可能です。例えば、ヒートポンプを用いて常温の大気から熱を集めて高い温度を得ることができます。しかし、ヒートポンプを駆動するためには工業的エネルギーを投入することが必要になります。ヒートポンプによって二つの物体に熱を加えてやることで、物体の温度状態を元に戻すことは出来ますが、二つの物体とヒートポンプを含めた環境全体のエントロピーは、ヒートポンプを運転する前に比べて必ず増大することになります。
 つまり、技術によって局所的にエントロピーを低下することができても、必ず別の部分でエントロピーが増大し、孤立系全体のエントロピーは必ず増大することになります。

 現在のエントロピーは、統計力学における熱と分子運動の分析の成果を踏まえ、より一般的に熱と物質の拡散の程度を現す物理量に拡張されていますが、エントロピー増大則はそのまま成り立ちます。

 さて、私たちの日常生活において有用なエネルギー=工業的エネルギーとは、何らかの物理的な変化を起こすことのできるエネルギーです。したがって、工業的エネルギーとはエントロピーが相対的に小さい=低エントロピー状態のエネルギー、あるいは拡散能力の大きなエネルギーであることが条件の一つです。空間的に密度の高いエネルギーであるともいえるでしょう。

  では、本題である工業的エネルギー供給技術を評価する視点について考えることにします。

 工業生産を支える基本エネルギーとしてのエネルギー供給技術の必要条件を考えます。工業的エネルギーの供給自身、工業生産の一環を構成しています。したがって、工業的エネルギーという生産物を作り出すためには、生産設備を製造し、それを駆動するために工業的エネルギーの投入が必要です。
 ある工業的エネルギー供給技術が工業生産を支える基本エネルギーになるための必要条件は、工業的エネルギーの拡大再生産ができることです。つまり、工業的エネルギー供給技術に投入された工業的エネルギーよりも、システムの運用によって生産される工業的エネルギーの方が大きいことが必要です。産出エネルギーの投入エネルギーに対する比率をエネルギー産出比と定義すると、

エネルギー産出比=(産出エネルギー)/(投入エネルギー)≫1.0

が必要条件です。
 エネルギー産出比が1.0に近づけば、産出するエネルギーの大部分が工業的エネルギー供給技術の維持に消費され、それ以外の工業生産に供給されるエネルギーがほとんど得られなくなる、あるいは、工業的エネルギー生産に必要な設備が限りなく大きくなることを意味します。

 エントロピー増大則は工業生産過程においてももちろん成立します。工業的エネルギーの生産過程の各段階でエントロピーを生じ、全体としてのエントロピーは単調に増加します。エントロピーは具体的には、エネルギーや物質の環境への拡散によって生成します。したがって、生産過程が複雑であればあるほど、工業的エネルギー生産過程に投入された工業的エネルギーの環境への散逸が大きくなり、最終的に利用可能な工業的エネルギーの産出量は小さくなります。したがって、複雑な変換過程を含む迂回度の高い工業的エネルギー供給技術ほどエネルギー産出比が小さく、低効率になります。

 例えば、工業的なエネルギーとして熱が欲しい場合、例えばお湯を沸かしたいとき、ガス湯沸かし器と電気温水器のいずれが効率的でしょうか?
 ガス湯沸かし器であれば、ガスを燃焼させた熱で直接ボイラーを温めます。最近の高効率の湯沸かし器であれば、投入したガスの燃焼熱の90%程度が有効に利用できます。
 ところが電気温水器を用いる場合、ガスを火力発電所で燃焼させてボイラーを加熱して高温・高圧の蒸気を発生させて発電機を回して電気を生産します。この時の発電効率は50〜60%でしょうか。生産した電力を送電線で各家庭に送電して、電気湯沸かし器で再び電気を熱に変換してお湯を沸かす場合の総合的な効率は40%程度でしょうか。

 このように、多段階のエネルギー変換を含む迂回度の高いエネルギー供給技術ほど環境へのエネルギー散逸が大きく、エネルギー利用効率が低くなることも重要な視点です。

 次回は、実際の石油代替エネルギー供給技術を評価することにします。


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No.1262 (2019/04/24) 環境問題と人為的温暖化・再エネの虚妄H
日本における石油代替エネルギー技術の歴史的流れを概観する

 石油文明ないし工業文明(ここでは、石油をはじめとする炭化水素燃料資源、石炭資源を含む枯渇性の燃料資源により成り立っている現在の文明をこう呼ぶことにしておきます)は、有限の地下資源の枯渇によって終焉を迎えることになることは自然科学的な必然です。

 そこで、現在の工業文明の豊かさの永続という見果てぬ夢の実現のために、二つの技術開発が検討されています。その一つは、前回紹介した原料資源の永続化を目指すリサイクル技術です。そしてもう一つは工業文明を支えるエネルギー供給の永続化を目指す石油代替エネルギー技術の確立です。まず、日本の石油代替エネルギー技術の歴史を概観しておくことにします。

 石油代替エネルギーに対する日本の技術戦略の第一は、原子力・核融合の実用化によるエネルギー供給技術の開発でした
 第二次世界大戦敗戦後の日本は、工業文明による国際競争力をつけるために、自前のエネルギー資源であった石炭を捨て、急速に石油エネルギーへの転換を図りました。私が小学生であった半世紀少し前頃までは、小学校の暖房といえば石炭ストーブでした。また、蒸気機関車が走っていました。私が小学校を卒業する前後の時期は、日常生活から石炭エネルギーが姿を消す最後の時期であったように思います。
 石炭から石油へのエネルギー転換による日本の工業の近代化の当初からの問題は、日本国内に工業生産を支えるほどの油田が無かったことです。蛇足ですが、太平洋戦争における南方進出の重要な目的の一つは油田を確保することであったことは論をまちません。
 そこで油田の保有に失敗した戦後日本の長期エネルギー戦略の主要課題の一つが、石油に代わる自前のエネルギー供給技術を確立することでした。
 そこでは、まず核分裂性ウラン235Uの核分裂反応による熱エネルギーを利用する原子力発電を実用化し、次に、使用済み核燃料中に生成するプルトニウム239Puと劣化ウラン(主に非核分裂性ウラン238U)から成る核燃料を高速増殖炉で使用することによって、高速増殖炉の使用済み燃料や劣化ウラン・ブランケットから消費した239Pu以上の239Puを回収すること=『増殖』で、239Puを日本国内で新たに作り出す=自前のエネルギー資源を生産することができると考えたのです。

註)軽水炉使用済み核燃料の資産価値について

 軽水炉原子力発電で作られた電力は火力発電よりも安いと長らく言われてきました。そのからくりの一つが使用済み核燃料の資産価値の評価にあります。

  天然ウランの組成は、約0.7%の核分裂性ウラン235Uと99.3%の非核分裂性ウラン238Uです。軽水炉核燃料では、この天然ウランに含まれる235Uの割合を、上図に示すように、4.5%程度にまで濃縮して使用します。軽水炉原子力発電だけであれば、天然ウランの99.3%は利用価値のないものです。
 そこで、高速増殖炉を併用すれば、使用済み核燃料からプルトニウム239Puを抽出すると同時に軽水炉では無用な非核分裂性ウラン238Uで高速増殖炉用の核燃料を製造し、高速増殖炉を運転することで非核分裂性ウラン238Uがプルトニウム239Puに核種変換され、増殖するので、無価値であった非核分裂性ウラン238Uがプルトニウム239Puという高速増殖炉用の燃料に生まれ変わるというわけです。
 そこで、日本の原子力発電では、高速増殖炉が安定運用されることを前提に、軽水炉使用済み核燃料は潜在的にプルトニウム239Puになるとして、高い資産価値を見込んだのです。その結果、軽水炉原子力発電単独では高価な発電技術であったとしても、使用済み核燃料という新たな資産価値を生み出すので、それを考慮すれが軽水炉の電力は安いと宣伝されてきたのです。
 しかし、現実には事実上高速増殖炉は破綻したため、軽水炉使用済み核燃料は危険な放射性ゴミとなり、資産どころか大金を投入して何とか処分しなくてはならない不良資産になったのです。

 お分かりのように、日本の原子力エネルギー政策が成立するための必要条件は、ウラン燃料を用いる原子力発電と同時にプルトニウム239Puを燃料とする高速増殖炉を含む『高速増殖炉核燃料サイクル』が安定運用できることです。
 なぜなら、ウランは、石油同様に日本国内ではほとんど産出せず、ウラン燃料はほぼ100%輸入品に頼っています。したがって、原子力発電だけの運用では日本の原子力政策の本質的な目標であるエネルギー資源の国産化など出来ないのです。ウラン燃料原子炉の運用は、単に石油火力発電よりもはるかに割高で危険な発電を行っているにすぎず、自然科学的にも、経済的にも何ら合理性が存在しないのです。
 また、ウラン燃料だけを用いるのであれば、確認埋蔵量ベースでみれば、No.1245 (2018/11/22)環境問題と人為的温暖化説・再エネの虚妄Aで紹介した通り、ウランの枯渇は石油や石炭とさほど変わらないのです。石油代替エネルギーとしてポスト石油文明として原子力文明などありえないのです。
 現実には、米国スリーマイル島原発事故(1979年3月28日)、ソ連チェルノブイリ原発事故(1986年4月26日)を経て、世界的に原子力発電に対して敬遠する動きが顕著となる中、日本では2011年3月11日の福島第一原発事故を経て、国内でもようやく原子力発電の危険性が、経済的に割の合わないものだと大多数の国民が認識するに至り、世論は脱原発に向かいました。
 技術的には、原子炉の絶対的な安全性は保障することができず、もんじゅの廃炉で高速増殖炉技術は事実上これ以上完成することはなく、核燃料サイクル技術も確立の見通しがないというのが現状です。核融合など全く実現性のない技術です。高速増殖炉や高速増殖炉核燃料サイクル技術の実現が潰えた現時点で原子力発電には全く存在価値はない、ただの金食い虫の危険なお荷物にすぎないということです。可及的速やかにすべての原子力発電、関連施設の運転を停止し、最大限安全性に配慮しながら後処理を行うことが唯一の採るべき道です。原子力・核融合は技術的に見て放棄する以外に道はないのです。

 日本は、原子力政策を進めつつも、現実的には石油を大量輸入することで戦後1960年代まで『高度経済成長』を続けていました。しかし1973年のオイルショックを契機に、石油の枯渇について現実味を感じるようになりました。1970年代に商業用原子炉の本格的な導入と同時に、自然エネルギーの活用が注目されるようになりました。旧通産省が旗振り役となって工業技術院(現産総研)によってサンシャイン計画(1974年―1992年;総投資額4400億円)が開始されました
 私が大学院を修了して鉄鋼メーカーのエンジニア部門に就職した1982年は、配属された部署でも盛んに小規模水力発電、波力発電、潮汐力発電などの自然エネルギー利用について検討が行われていました。その当時既に、近頃リバイバルで取りざたされているほとんどすべての自然エネルギー発電のアイディアが網羅されていましたが、いずれも実用化されることはなく、サンシャイン計画も見るべき成果を残せないままに終了しました。

 こうした原子力や自然エネルギー発電を取り巻く状況を一変させる事態が1980年代後半に起きました。1988年の米国議会上院の公聴会において、NASAのハンセンが、「近年観測されている異常気象や温度上昇の原因は、CO2などの温室効果ガスの人為的な排出の影響であることがコンピューターシミュレーションによって確認された」という内容の報告を行いました。
 これを契機に人為的CO2地球温暖化の脅威があらゆるメディアを通して繰り返し流され、1992年には『環境と開発に関する国際連合会議』、通称「リオ・サミット」が開催され、人為的CO2地球温暖化脅威説は国連のお墨付きを得ることになりました。
 その結果、人為的温暖化による破局的な未来を回避するためにはCO2排出量削減が必要であり、石油や石炭という主要なエネルギー資源の使用を抑制し、これを代替する技術が必要であるという主張がたちまち世界中に広がることになりました。

 こうして、原発事故によって斜陽にあった原子力発電や、高価で実用的に使い物にならないとされていた自然エネルギー発電がにわかに脚光を浴びることになりました(一説によれば、ハンセンの米国議会証言自体が原子力ロビーによって仕組まれたという話もあるようですが、残念ながら私にはその真偽を確認する術はありません。)。

 少し長くなってしまいましたので、石油代替エネルギーの評価の視点については次回に譲ることにします。


No.1237 (2018/10/17) 環境問題と人為的温暖化説・再エネの虚妄@
No.1239 (2018/10/24) 環境問題と人為的温暖化説・再エネの虚妄 番外編
No.1245 (2018/11/22) 環境問題と人為的温暖化説・再エネの虚妄A
No.1249 (2019/01/11) 環境問題と人為的温暖化説・再エネの虚妄B
No.1251 (2019/01/16) 環境問題と人為的温暖化説・再エネの虚妄C
No.1252 (2019/01/20) 環境問題と人為的温暖化説・再エネの虚妄D
No.1253 (2019/02/05) 環境問題と人為的温暖化説・再エネの虚妄E
No.1256 (2019/03/08) 環境問題と人為的温暖化説・再エネの虚妄F
No.1259 (2019/03/28) 環境問題と人為的温暖化説・再エネの虚妄G
No.1263 (2019/05/16) 環境問題と人為的温暖化説・再エネの虚妄I


 

No.1261 (2019/04/13) 汚染水産品輸入規制に対するWTOの正当な判断
放射能汚染の危険性のある食品から国民を守るのは、当然の政策

 福島県を含む8県の水産品に対して韓国が輸入規制を行っていることを、日本政府が輸入規制=貿易問題ととらえてWTOに提訴していましたが、最終判断として韓国の主張が認められ、日本の主張が退けられました。これは当然の判断です。

 既にこのホームページでは矢ケ崎さんのレポートも含めて、福島原発事故後に日本政府は科学的な根拠もなく放射能汚染に対する国内法の基準を緩め、汚染食品を国内に流通させていることを批判してきました。まして韓国から見れば、放射能汚染の危険性が極めて高いと考えられる食品から自国民を守ろうと考えるのは当然であり、これは貿易障壁などという問題ではなく、命の問題なのです。
 放射能汚染や被曝による甲状腺がん・白血病の発症すら認めず、自国民を放射線に曝してもなんとも思わない安倍ファシスト政権、それを批判することもしない日本の無能なマスコミ・報道機関、そして日本政府や自治体のでたらめな安全宣言を疑いもしない日本国民の能天気さこそ恐ろしいと考えます。
 韓国とすれば、日本政府のこのような原発事故対応の実態を見れば、日本政府の安全宣言など、まったく信頼がおけず、食品の放射能汚染の危険性は極めて高いと判断するのが当然です。
 蛇足ですが、日本の放射能汚染食品に対して輸入の規制をしているのは数十か国に及び、その中には米国も含まれているのです。それにもかかわらず、日本政府が韓国だけを標的にWTOに提訴したその意味をよく考える必要があるでしょう。天木さんも述べている通り、このような安倍外交では日本はアジアの中でますます孤立を深めることになるでしょう。

 WTOの最終判断に対する日本の報道もほとんど能天気に政府見解を支持し、韓国を非難する論調ばかりです。この国のマスコミ・報道機関の能天気さも度し難いものです。

 この件について、ちょうど天木さんがメルマガで書いていらっしゃるので紹介しておきましょう。


□■□■【反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説】
□■  天木直人のメールマガジン2019年4月13日第280号
https://foomii.com/00001

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  水産物禁輸WTO逆転敗訴のすべての責任は安倍失政にある
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 WTOの上級委員会が11日(日本時間12日未明)、韓国による福島県ら8県産の水産物輸入禁止措置について、一審の判断を破棄して、禁輸措置を容認する逆転を下した。
 この判定の日本に対する悪影響ははかり知れないほど大きい。
 だからこそすべてのメディアがトップニュースで報じている。
 なぜ逆転敗訴したのか。
 その理由と責任のすべて安倍首相にある。
 安倍首相の最大の責任は、原発事故はアンダーコントロールされていると世界にウソをつき、その対策をいい加減にして来たことだ。
 実際のところ、放射線汚染水はたまる一方で、海に放出するしかない。
 こんな状態を放置しながら、どうして海産物禁輸は不当だ世界に主張できるというのか。
 安倍首相の二つ目の失策は、韓国の禁輸がけしからんと怒ってWTOに提訴した事だ。
 健康に少しでも不安が残る食品を規制するのは国民の命を守る政府として当然の対応だ。
 それにもかかわらず、WTOという貿易問題に関する紛争パネルに訴えた。
 WTOパネルの委員がまともなら、どうして、「韓国のとった措置が日本を不公正に差別した過度の貿易制的だ」と判定できるのか。
 そんな判定を下した第一審が間違っていたのだ。
 そして、三番目の安倍首相の失敗は対韓外交である。
 間違った歴史認識と過度の韓国に対する右翼的な敵対政策こそ、日本としてとってはならない政策だ。
 それを、首相自身が率先して旗を振って来た。
 これほど愚かな事は無い。
 これでは、韓国政府としても禁輸を解除しようにもできない。
 繰り返していう。
 今度のWTO逆転敗訴のすべての責任は安倍首相にある。
 それなのに、「首相官邸も激怒している。誰かが責任を取らされるのでは」(政府関係者)などとささやかれているという(共同)。
 冗談だろう。
 激怒すべきは福島など8県の漁業関係者だ。
 責任を取らされるべきは安倍首相だ。
 安倍政権に代わる新たな政権によって、福島原発事故からの復興策と、行き詰まってしまった対韓国外交を根本的に変えなければいけないということである
(了)

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編集・発行:天木直人

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