§1. エネルギー産出比
エネルギー産出比とは、あるエネルギー供給システムに対して、投入されるエネルギー(資源)量に対する出力として産出されるエネルギー(資源)量の比率によって表される。
現在の工業生産を支えているエネルギー供給システムは、言うまでもなく、石油を中心とする炭化水素系の化石燃料である(以下これらの総称として石油と呼ぶ)。全ての工業生産は石油の消費によって行われている。そこで、ここでの議論におけるエネルギー産出比とは、「あるエネルギー供給システムに投入された石油燃料に対して、そのエネルギー供給システムから出力されるエネルギー量の比率」とする。
エネルギー産出比が1.0以下のエネルギー供給システム(?)は、何らかの他のエネルギー供給システム(=石油によるエネルギー供給システム)によるバックアップが無ければ存在できない。なぜなら、運用のために投入されたエネルギー量が、そのシステムが耐用期間中に産出するエネルギー量を上回るので、システム自身を再生産することすら出来ないからである。
産出比が1.0を超えると、エネルギー供給システムを再生産した上で余剰のエネルギーを供給できるので、とりあえず自立したエネルギー供給技術として存在するための『必要条件』を満足する。しかしながら、産出比が1.0に近ければ、産出としてのエネルギーの大部分を自家消費することになり、エネルギー産業が全産業の大部分を占めることになるので、現実的にはエネルギー産出比が1.0を越えることを以って、現在の工業生産レベルを維持したまま、石油によるエネルギー供給システムを全面的に代替する目安とすることは出来ない。
石油エネルギー供給システムでは、石油1単位を石油の採掘に投入することによって(油田の品位にもよるが)100単位程度の原油を得ることが出来る。ここにおける産出比は100という事になる。採掘された原油をタンカーなどの輸送機関を使って輸送し、これを精製し、用途別の最終的な石油製品(燃料)にした時、そのエネルギー産出比は10のオーダーである。
この石油製品の一部が電力供給システムに投入されて火力発電に利用される。火力発電単独のエネルギー産出比は0.35程度といわれている。火力発電システムに投入される前段階において、石油燃料のエネルギー産出比が10程度とすると、石油火力発電の総合的なエネルギー産出比は0.35×10=3.5程度と考えられる。
石油によるエネルギー供給システムのエネルギー産出比は、産油国と消費国との位置関係、原油の品位などの違いによって、一概には決められないが、ここではとりあえず石油火力発電を含む最終的な消費段階に供給される総合的なエネルギー産出比を15とする。石油によるエネルギー供給システムはきわめて優れたエネルギー供給システムである。
エネルギー産出比によるエネルギー供給技術の評価
では、現在検討されている石油代替エネルギーシステムの存在理由は何であろうか?ここには二つの評価基準がある。
1-1 石油エネルギーシステムの全面的な代替
まず一つは、石油代替エネルギーシステムによって、現在の石油によるエネルギー供給システムを全面的に置き換えるという場合である。その最低の必要条件は、既に述べたように、単独のエネルギー産出比が大きく1.0を上回ることである。仮に現時点における石油によるエネルギー供給システムのエネルギー産出比が15だと仮定すれば、同程度、少なくともエネルギー産出比が10程度でなければ現実的ではない。
現在検討されている(主に電気)エネルギー供給システムのエネルギー産出比は、どう贔屓目に見ても1.0を越えることは有り得ない。これは、現在考えられているエネルギー供給システムは単独では存在できず(エネルギーを生み出さない、あるいはエネルギーを消費する)、石油によるエネルギー供給システムによるバックアップを前提にしていることを示している。故に、現在考えられている石油代替エネルギーシステムによって、現在の石油によるエネルギー供給システムを全面的に代替するという構想は実現不可能である。
エネルギー技術を論議する場合、よく「石油が枯渇した後のエネルギー供給を考えなければならないではないか」という言い方がされる場合がある。しかしエネルギー産出比から見て、現在検討されている石油代替システムでは、自己再生産すらおぼつかないのであって、現在の工業生産レベルを維持したまま、石油の次を担えるエネルギー供給システムは存在しないのである。石油の枯渇は工業化社会の終焉である。
1-2 火力発電としての発電効率の改善
では、再び石油代替エネルギー供給システムの存在価値とは何であろうか?石油によるエネルギー供給システムを前提として、同量の石油を発電システムに投入した場合、石油火力発電よりも多くの電力供給が可能である場合において、『石油節約的』な発電システムとして存在意義がある(産出比0.35〜1.00)。つまり、冷静に判断すれば石油の代替では有り得ず、高々(間接)石油火力発電の効率の改善が可能「かもしれない」という程度でしかないのである。
しかし現実には、詳細は後述するが、例えば太陽光発電システムでは、同量の電力を供給するために、少なくとも石油火力発電の3倍程度の石油の投入が必要(註1)なのである。石油火力発電のエネルギー産出比を0.35程度とすると、太陽光発電のエネルギー産出比はわずか0.1程度にすぎないのである。エネルギー産出比が0.0〜0.35であれば、これは全くの石油資源の浪費に他ならない。それだけでなく、他の鉱物資源にいたっては石油火力発電の少なくとも10倍のオーダーの投入が必要であり、太陽光発電システムの導入によって、環境問題は確実に悪化する。
(註1)室田武 著『新版 原子力の経済学』第6章太陽エネルギー利用のエネルギー・コスト pp153〜155
§2. 石油代替エネルギー供給システムの評価
2-1 幾つかの留意点
2-1-1 エネルギー供給の『電力化』は石油利用効率を悪化させる
まず初めに、現在構想されている石油代替エネルギー技術のほとんどが発電技術であることから、エネルギー供給の『電力化』について触れておく。昨今、電力会社は、『環境に優しい』として、オール電化を謳っている。具体的には調理用のヒーターと電気温水器の導入が中心である。
電気は非常に優れたエネルギー形態であり、利用側の器具の工夫によって、照明・動力・電子機器・熱源など色々な用途の利用が可能である。現在オール電化の謳い文句の下に進められている低温熱源としての利用について考える。
火力発電のエネルギー産出比を0.35程度とすると、火力発電システムに投入された石油燃料の燃焼エネルギーのうち65%は発電段階で環境中に廃熱として散逸する。こうして供給された電力によって湯を沸かす場合、使用段階において更に環境中への熱の散逸があることを考慮すれば、有効に利用できる熱エネルギーは、投入された石油の熱エネルギーの30%程度と考えられる。
これに対して、ガス湯沸かし器では、使用段階における熱効率は90%を超えているという。電気温水器は、どう贔屓目に見ても、エネルギー効率においてガス湯沸かし器の半分以下でしかない。
温水器の例に限らず、一般的に燃焼による熱エネルギーを運動エネルギーに変換し、これによって発電した電力に何らかの仕事をさせるという多段階のエネルギー変換を伴う迂回過程の場合、燃焼による熱エネルギーをそのまま利用する単純なシステムに比べてエネルギー効率は著しく低下する。エネルギー供給の『電力化』は、それ自身が石油エネルギー利用効率を低下させる。
2-1-2 エネルギー・コスト算定上の留意点
あるエネルギー供給システムのエネルギー・コストを算定する場合、そのシステムを運用するために必要な全ての関連事業・付帯設備を含め、そのシステムの製造から運用・廃棄にいたる全段階におけるエネルギー投入を対象としなければならない。最近流行の言葉で言えばLCA(=ライフサイクル・アセスメント)である。
理想的には、システムを構築するために投入される原料資源の採掘・運搬から、全ての加工・製造・建設工程(工場設備の償却分も含む)、完成後の施設運用・保守・点検、そして耐用期間終了後の廃棄工程までに投入される全てのエネルギーを積算しなければならない。しかし、企業からの情報公開の制限もあり、こうした積算によるエネルギー・コストの推定は、往々にしてエネルギー投入量を過小評価する可能性が高い。
そのため、石油代替エネルギー技術を評価する場合、一見『科学的』に思われる、公開されている研究室レベルの理論的な発電効率あるいは、発電そのものに直接係わるエネルギー投入だけを問題にする結果、現実の運用では考えられない高い変換効率を推定してしまう危険性が高い。石油代替を進めようとする者にあっては、むしろ恣意的にこうした操作によって高い変換効率を算定しているとしか思えないデータが散見される。
現在の工業生産は、原料資源の採掘段階からすべて石油エネルギーの消費によって動いている。原料資源とは元をただせば、ただの石ころである。原料資源の価格とは採掘に要したエネルギー投入量を反映していると考えられる。また原料の運搬費用は、生産地から消費地までの距離、つまり運搬手段に投入されたエネルギー量を反映していると考えられる。工場生産・施設建設においても同様である。これらを考えると、厳密なエネルギー・コスト分析には多くの困難があるが、概略のシステム間の比較において、むしろ経済的な生産コストによる比較が、かなり実態に近い結果を与えるものと考えられる。
2-2 原子力発電
原子力発電に関するエネルギー・コスト分析については、既に§2-5二酸化炭素地球温暖化脅威説批判第二部において、室田(前掲書)の分析結果を紹介したのでここでは繰り返さない。ここでは少し違った角度から検討することにする。
さて、『公式』に国から発表されている原子力発電の発電単価(kWh当たりの発電原価)は、5.9円/kWh(資源エネルギー庁)ということになっている。これに対して火力発電の発電単価は6.4〜10.2円/kWhである。単純に考えると、原子力発電の比重が大きくなるほど、電力会社の経営状態は良くなるはずである。
ところが、現実には、電力会社の原子力関連の支出が、経営を圧迫していることを認めざるを得ないところまで来ている。例えば、電気事業連合会によると、40年間の使用済み核燃料の国内再処理費用が約16兆円になるという。その内、約7兆円は電気料金に上乗せして徴収(電気料金の引き上げ)、残りの約9兆円については財源が未定であり、電事連としては、この約9兆円を電気事業へ新規参入する企業や国税からの拠出で賄いたいとしている。こうした現実を考えると、原子力発電の発電原価は、石油火力などによる利益を食いつぶして、更に足が出るというのが実態である。
HP『脱原発入門口座』に掲載された資料によると、電力各社によって「原子炉設置許可申請書」に記載された発電単価は、10〜20円/kWh程度になっている。しかし、電力販売価格が20円/kWh程度とすれば、この程度の発電単価によって、経営を圧迫するとは考えられない。原子力発電の発電単価の実態は、電力販売価格をかなり大きく上回ると考えざるを得ない。
おそらく、原子力発電を行うために関連する施設・設備、今後は特に核廃物の最終処分施設などを含めた、本当の意味で原子力発電の発電単価は、国が公式に発表している原子力の発電単価5.9円/kWhの数倍〜十数倍に達すると考えられる。ここでは控えめに考えて、5倍程度、30円/kWh程度だと仮定する。
火力の平均的な発電単価を8円/kWhとする。発電単価のうち、60%が燃料費と仮定する。更に、燃料以外の費用のうち、20%が発電用燃料以外の石油投入量とすると、発電単価に占める石油のコストは、
8×0.6+ 8×(1−0.6)×0.2 = 5.4円/kWh
ということになる。原子力発電も同様に考える。原子力発電の燃料費、つまりウラン燃料は工業製品であるから、ここでは特に他と区別しないものとする。
30×0.2 = 6円/kWh.
ウランの精錬工程は、大量の電気を必要とするので、もう少し高目の割合を設定しても良いかもしれない。
ここでの推定は、かなり大雑把なものであることを考慮しても、原子力発電が火力発電に比較して、圧倒的に石油節約的である可能性は皆無である。エネルギー産出比において、原子力発電が1.0を越えることは有り得ず、ポスト石油エネルギー資源として原子力文明が成立することは理論的に有り得ないのである。
さて、以上の試算によって、原子力発電は、同量の電力を供給するために、石油火力と同程度、あるいはそれ以上の石油を消費することが分かった。これは見方を変えると、同量の電力を供給するためには、原子力発電は火力発電と同程度あるいはそれ以上の二酸化炭素を発生することを意味している。
以下に、本HPの閲覧者から紹介いただいた電力中研の『ライフサイクルCO2排出量による発電技術の評価』というレポートからの資料を示す。
この図では、火力発電が発電量1kWhあたりに排出する二酸化炭素量は原子力発電の約35倍になっている。これはここでの試算とは全く異なった結果を与えている。このレポートにおいて、算定の裏付け資料が示されていないので、断定は出来ないが、LCAにおいて極めて重大な積み残し、それもかなり恣意的なデータ操作を行っているとしか考えられないのだが、いかがであろうか?
このデータに示された石油火力発電の値から算定すると、後述の『【参考】二酸化炭素排出量からのエネルギー・コストの推定』の計算結果を用いると、石油火力発電では、1kWhの発電量に対して0.262リットルの重油が必要なので、石油火力発電のエネルギー産出比は
3.6MJ/(0.262×37.8)MJ=0.364
になる。仮に、このデータの値が正しいとすれば、原子力発電のエネルギー産出比は
0.364×742/28=9.646>1.0
となり、エネルギー供給という側面からだけ見ると原子力文明が可能ということになる。
註)
1kWh=1k(J/sec)×3600(sec)=3.6MJ
重油燃焼熱:9Mcal/L=9×4.2MJ/L=37.8MJ/L
次に、電中研報告書(Y94009)『発電システムのライフサイクル分析』からの図を次に示す。
この図に示した値は、投入エネルギー100に対して産出される電力量を示している。つまりこの値を100で割ればエネルギー産出比になる。これは前の図と全く異なる値を示している。
まず明らかにエネルギー産出比が1.0を超えるような発電方式は無いことがわかる。つまり、電力供給による石油エネルギー代替は不可能だと主張しているのである。太陽光・風力という新エネルギーのエネルギー産出比は軒並み石油火力以下の値を示していることである。
原子力に関しても、石油火力のエネルギー産出比が0.21に対して0.24に過ぎず、大差ないことを主張している。実際には廃炉処理や核廃棄物の保管・管理の投入エネルギーを算入すれば、この値は容易に逆転することは明らかであろう(原子力注2は核燃料サイクルがうまく行った場合という仮定の机上の空論であるが、これについてはその後の検討からワンスルー以下になることは明白である。参照『プルサーマル、もう一つの意味
』)。
以上のように、電中研報告書だけに限っても、エネルギーコスト分析の値は大きく異なり、信頼に足りるデータは存在しない。
(2008.10.29追記)
ここに示した図は「電中研報告書(Y94009)『発電システムのライフサイクル分析』」を引用した図であった。オリジナルの文献が入手できたので確認したところ、オリジナルの図は次のとおりである。
また、図に表記されているように、ここに示した数値は「エネルギー収支」ではなく「エネルギー収支比」を示している。ただし、本HPで用いているエネルギー産出比とは異なり、
つまり、図に示したエネルギー収支比では、投入エネルギー量は設備建設と運用に使用された石油換算のエネルギーしか考慮されておらず、最も量的に多い燃料としての投入エネルギー量が無視されている数値であることがわかった。従って、火力発電と原子力発電について、発電のエネルギー収支比であるにもかかわらず、値が1.0よりもはるかに大きく無意味な数値である。
その他の自然エネルギー発電については、発電の原料となるのは自由材である自然エネルギーであるからこれを無視することで正しいエネルギー収支比が求められる「はず」である。しかし、実際にはあり得ない1.0をはるかに超える途方もなく高いエネルギー収支比が示されている。もしこれが事実を反映しているのであれば、自然エネルギー発電電力は火力や原子力よりもはるかに廉価な電力を供給できるはずであるが、実際にはそうなっていない。
総じてこのグラフの値はほとんど実態とはかけ離れた無意味な数字の羅列にすぎない様である。
(2012.10.10追記)
さて、ここでの検討において、石油利用効率において、原子力発電の火力発電に対する優位性を示す結果は得られなかった。原子力には、核廃物という極めて毒性の高い廃棄物処分という特殊な問題が存在する。原子力に対する安全性に対する要求が高まれば高まるほど、原子力発電を運用するための安全施設への資源・エネルギー投入は増加し、したがってエネルギー供給技術として見た場合、今後ますます石油利用効率が低下すると考えるべきである。
仮に、原子力発電が石油代替エネルギーとしてポスト石油エネルギーとしての役割を果たせる可能性があるのなら、何とか安全性を確保して利用を続けるということに多少の意義があるかもしれない。現実にはエネルギー産出比において1.0を超えることは有り得ず、石油が枯渇すれば原子力発電も利用不可能なのである。原子力発電を一刻も早く廃止することが、理論的には唯一の選択肢である。
しかし、現実には恣意的なデータの捏造まで行って、莫大な国家支出を伴うITERの誘致を含めて原子力を維持しようという国家戦略は、理論的には核武装を想定しているとしか考えられない。