No.1487(2023/08/26) エネルギー問題・脱炭素社会について考えるH
循環型工業化社会の実現は不可能/後期石炭文明を経て農耕文明への移行

 現在、人為的CO2地球温暖化脅威説の蔓延で、温暖化を止めるために工業化社会システムからの化石燃料の排除、いわゆる脱炭素化が叫ばれています。
 再生可能エネルギー発電や原子力発電について自然科学的に検討すれば、いずれの発電方式も化石燃料を用いる火力発電よりもはるかに化石燃料を大量に消費することが明らかです。つまり、再生可能エネルギー発電や原子力発電には化石燃料消費量を削減する効果はありません。こうした基本的な特性についてさえ検討を怠っている現在の科学者、企業技術者の資質の低下には呆れ果てる限りです。

 これまでの連載で繰り返し指摘したように、工業化社会を支え得るエネルギー供給システムの必要最低条件は、エネルギー供給システムを自ら供給するエネルギーだけで拡大再生産可能であること=エネルギー産出比が1.0を大きく超えることです。
 脱炭素化工業化社会を実現するエネルギー供給システムは、化石燃料を一切消費せずに、自ら供給する電力だけでエネルギー供給システムを拡大再生産することが必要です。これは化石燃料による工業化社会の下で、化石燃料消費量を減らすのとは次元の異なる、より技術的に困難な課題です。
 基本的なエネルギー資源として化石燃料を用いる現在の工業化社会において、再生可能エネルギー発電・原子力発電のエネルギー産出比は火力発電の0.35よりもはるかに低いのです。化石燃料を用いずにエネルギー産出比を1.0よりも大きくすることは全く不可能です。

 現在行われている、脱炭素化に対して放射能汚染の危険を冒しても原子力発電を使うか、いや、クリーンな再生可能エネルギーを使うべきだなどという論争は、まったく本質的な科学議論を欠いた無知の産物にすぎないのです。
 再生可能エネルギー発電と原子力発電のいずれにも化石燃料消費量を減らす能力はなく、まして脱炭素化工業化社会など実現不可能なのです。

 脱炭素化工業化社会の実現という見果てぬ夢ですが、これは人為的CO2温暖化対策として今回初めて登場したものではありません。20世紀の末、1970年代の2度のオイルショックを経て、石油が有限の地下資源であることが認識されました。そこで、石油が枯渇した後にも工業化社会を維持していくためには、これに代わって工業化社会を支えうるエネルギー供給技術の確立が必要だとして、「石油代替エネルギー」に対する議論が盛んにおこなわれました。
 1970年代にサンシャイン計画が開始され、この時既に太陽光発電、風力発電を含む再生可能エネルギー発電技術が検討されましたが、すべて失敗に終わりました。しかし、この失敗の本質についての科学的な検討は十分行われませんでした。
 この頃、理化学研究所で熱核融合の有用性の検討を行った槌田敦や原子力発電の有用性について研究した一橋大学数理経済学の室田武によってエネルギー供給技術一般の有用性についての議論が行われました。
 その結果、熱核融合、原子力発電、そして当時提案されていた太陽光発電、太陽熱発電、風力発電などの石油代替エネルギー発電技術は、いずれも石油をはじめとする化石燃料によるエネルギーを大量に消費しなければ実現不可能であり、石油を代替することは不可能であると結論しました。槌田はポスト石油文明についての考察において、石油文明に代わって工業化社会を支えうる主要なエネルギー資源は石炭であり、再び石炭文明の時代が来ることを予想していました。
 槌田らの理論はいまだに有効であり、彼らの理論が広まっていれば、現在の脱炭素化を巡る科学性を欠いた不毛な議論など起こることはありませんでした。

 槌田らがエネルギー問題を考察したころから半世紀を経て、ある程度太陽光発電や風力発電の使用が広まり、技術も改良されましたが、槌田らが指摘したとおり、原子力発電も再生可能エネルギー発電も化石燃料にとって代わるような技術的なブレークスルーはありませんでした。
 つまり、化石燃料の枯渇で工業化社会は終焉を迎えるのです。この現実を直視した上で、人間はどのような生存戦略を立てるかを考えるべきです。
 おそらく、工業化社会は今後数百年程度は継続する可能性があります。一方、現在は温暖化騒ぎが続いていますが、地球の長期的な気温変動傾向から見て、そろそろ完新世の温暖期が終わり、寒冷な氷期の到来が予測されます。
 こうした状況から、出来るだけ早く工業生産に過剰に依存した工業化社会から脱却して、更新性の生物資源の使用を基盤にする社会システムに移行し、過去の地球の気候変動から推測して、十万年程度継続すると考えられる来るべき寒冷期(氷期)に化石燃料を温存するべきであろうと考えます。

(終)

No.1486(2023/08/19) NHKは米欧傀儡の謀略・洗脳機関になった
戦時中の教訓を忘れ、ウクライナ紛争で偽情報を垂れ流す国賊放送局に注意!

 昨日、就寝前に明日の天気情報を得ようとテレビをつけたところ、2023年8月18日の午後12時前のNHKの「時論・公論」という番組をたまたま見ることになった。この番組はNHKの解説委員という如何わしい連中が時事についての解説を行うものであり、通常の報道とは異なりNHKの報道姿勢が強く表れる内容です。

 昨日のテーマは「偽情報がもたらす脅威 〜情報戦への備えを」というものでした。なんとも物騒な、まるで日本が戦争当事国のような印象を与えるタイトルです。これは日本国民の危機感を煽り、冷静な判断を失わせて扇動するためのネーミングのようにも感じます。
 NHKのホームページによると、「事実に反する情報を意図的に流布し、他国の政治や社会に混乱をもたらそうとする情報戦への対応が、安全保障上の課題になっていることについて解説します。」というものでした。
 この番組はNHKの報道によってロシアや中国に対する危機感を煽り、日米韓軍事同盟化に対する国民の反発を抑えるための国策的な番組なのでしょう。
 実際の内容は、ウクライナ紛争に関する偽情報に注意を喚起するという名目で、NHKの正しい情報ではない嘘の情報、特にロシアによる偽情報には騙されないようにしなさいというものでした。

 番組でその嘘の例として示されたのが、
@ロシアはゼレンスキーをナチだと言っている
あるいは
Aウクライナ政権がロシア系住民を虐殺している、
BNATOが東方拡大をし止む無くロシアが侵攻することになった、
などの情報は虚偽宣伝であるとしたのです。これは、全く事実に基づかない米欧によるプロバガンダの内容そのものであり、虚偽です。

 既にこのホームページでは詳細に報告してきたように、ウクライナの選挙によって選出された正当な大統領であった親ロシア派のヤヌコビッチ政権を2014年に米英に支援されたネオナチのアゾフ大隊などによる軍事クーデター「マイダン革命」によって米英傀儡のキーウ・ウクライナ政権が樹立されました。その軍事行動の中核を担ったアゾフ大隊は鉤十字(ハーケンクロイツ)を模した紋章をトレードマークとする紛れもないネオナチのテロ集団です。これは西欧では常識的な認識であり、ロシアのウクライナ侵攻までは日本の公安当局もそのように認識していました。
 私はプーチンがウクライナ政権にはネオナチがいることを指摘したことは知っていますが、ゼレンスキー自身がネオナチだと言ったことがあるかどうかは知りませんが、明らかにゼレンスキー政権の中核にはアゾフ大隊の幹部=ネオナチが存在することは事実です。
 NHKの番組では、ゼレンスキー個人はネオナチではない=ウクライナ政権はネオナチではないという誤解を与える内容
でした。

 2014年の軍事クーデターで成立したキーウ・ウクライナ政権は発足直後に公用語からロシア語を排除するなど、東部ロシア語圏ウクライナに対して弾圧を開始し、軍事クーデターで成立したキーウ政権を認めない東部地区に対してアゾフ大隊を中核とするウクライナ軍が攻撃を行い、住民を虐殺しました。
 この内戦に対して、ロシアも参加してキーウ・ウクライナ政権とドネツク・ルガンスク人民共和国による即時停戦に合意したミンスク議定書(2014年9月5日)に調印しましたが、米英に軍事支援されたキーウ政権はこれを無視して攻撃を続けました。
 翌2015年2月11日にはドイツとフランスの立会いの下に再び停戦合意ミンスク2が調印されましたが、ウクライナはこれをも無視して東部地区に対する攻撃を続け、2022年にロシアが介入するまでに東部ウクライナのドネツク・ルガンスク人民共和国ロシア語圏住民1万人以上が虐殺されているのが事実です。このキーウ政権による東部ウクライナに対する虐殺行為は、ミンスク2に立ち会ったフランスやドイツ始め、西欧では事実として知られた事柄です。

 付け加えると、安倍晋三は2016年12月9日にペトロ・ポロシェンコ・ウクライナ大統領と電話会談を行い、ウクライナの内戦状態に対して「ウクライナ情勢の改善にはミンスク合意の履行以外に道はなく,全ての当事者がミンスク合意を完全に履行することが重要である」旨述べました(外務省ホームページから)。この安倍晋三の言及したウクライナの情勢とは、即ちキーウ・ウクライナ政権による東部地区に対する攻撃・虐殺のことです。
 NHKの時論公論の主張はこうした事実を完全に葬り去ろうという謀略・洗脳そのものです。

 また、ロシアのウクライナ侵攻の経緯について、ワルシャワ条約機構の解体に際し、米国大統領ブッシュはロシアに対してNATOを東方に拡大することはないという紳士協定を結びましたが、これを無視してNATOは拡大し続けています。

 NATOに加盟していないものの、2004年のオレンジ革命以後、米英はウクライナに対して介入し、反ロシア勢力に対して武器供与や軍事教育を行っていました。2021年12月に行われた米国バイデンとロシアのプーチンの会談で、プーチンはこれ以上の軍事的緊張は認められないとして、ウクライナは中立地帯にすることを求めましたが、バイデンはこれを認めず、NATOに参加するかどうかは当事国の自由という立場を繰り返しました。
 そして2022年2月にキーウ政権による東部地区に対する大規模攻撃を前に、ドネツク・ルガンスク両人民共和国の要請を受け、ロシアは同盟国救済のために止む無く進攻を開始した
のです。

 テーマとは裏腹に、NHKこそ米欧と米欧傀儡の岸田政権を擁護するための一方的な虚偽報道を行う謀略・洗脳機関になり下がったようです。こんな国賊的な放送局に受信料を支払うなど、まっぴらです。

 

No.1485(2023/08/18) エネルギー問題・脱炭素社会について考えるG
原子力発電の特性について考える その3

 前回まで、原子力発電のフロントエンドからバックエンドまでの工程について概観してきました。その結果、原子力発電を運用するために投じられた化石燃料に対する供給電力のエネルギー産出比は火力発電のエネルギー産出比0.35よりもはるかに小さいことが分かりました。つまり、同量の電力を供給する場合、火力発電よりも原子力発電の方がはるかに大量の化石燃料を消費するのです。加えて発電後に数千〜10万年にも及ぶ超長期間にわたって放射性物質の管理が必要になるのです
 核兵器保有のための技術を担保することが目的でない限り、このような劣悪な発電方式を導入する自然科学的に合理的な根拠は存在しません。

 今回は少し違う角度から原子力発電を考えることにします。既に述べたように、原子力発電技術とは核兵器技術に直結する技術です。そこで、第二次世界大戦戦勝国グループである現在の国連安保理事会の常任理事国である米・英・仏・ロシア・中国の核兵器保有を認め、公式にはその他の国が核兵器を保有することを禁じ、同時に核兵器開発につながる原子力発電についても自由に開発することを許していません。
 この核不拡散体制は戦勝国の傲慢の産物ですが、「怪我の功名」で原子力発電が際限なく広がることを防いでいます。原子力発電には常に放射性物質の環境中への漏洩の危険性が付きまとうので、これを運営するためには技術と知識が、そして経済力がなければ危険です。一度深刻事故を起こせば、広島や長崎に落とされた原爆よりもはるかに大量の放射性物質が国境を越えて地表面環境、海洋を汚染します。
 英国のウィンズスケール原子炉事故、米国スリーマイル島原発事故、ソ連チェルノブイリ原発事故、そして日本の福島第一原発事故によって、莫大な放射性物質が地球環境に拡散しています。

 前回まで見てきた原子力発電利用の自然科学的な非合理性に加えて、こうした軍事・政治的制約、事故の危険性があるため、将来的にも不偏的に工業化社会を運用するためのエネルギー源として原子力発電が広がることはありません。

 現在の世界の一次エネルギーに占める原子力の割合は僅か4.3%です。これに対して石炭は26.9%、天然ガスは24.4%、石油は31.0%です。

 それぞれの一次エネルギー資源の確認埋蔵量ないしその可採年数は次の通りです。

 この図に示された可採年数は誤解されやすい数値です。可採年数とは確認埋蔵量を現在の年間消費量で除した値です。したがって、消費量の小さい資源であれば、供給エネルギー量が小さくても可採年数は大きな数値になります。

 そこで、各エネルギー資源の供給可能なエネルギー量で比較してみます。

石油:    184.2EJ/年×54年=9946.8EJ (23.6%)

天然ガス:    145.3EJ/年×49年=7119.7EJ (16.9%)

石炭:    160.1EJ/年×139年=22253.9EJ (52.7%)

原子力:    25.3EJ/年×115年=2909.5EJ (6.9%)

 実際には探鉱技術の進歩などによって新たに見つけられる鉱床や油田があるので、数値は変化することはありますが、傾向として供給可能なエネルギー量は原子力が圧倒的に小さく、石炭が最大であることは不変だと思われます。

 仮に、原子力によるエネルギー供給量が圧倒的に大きいのであれば、放射能汚染リスクを何とか食い止めながら利用することに意味を見出すことはあり得ます。
 しかし、原子力によって供給可能なエネルギー量は全供給量に対して僅か7%弱でしかありません。原子力による僅か7%程度のエネルギーを得るために、貴重な化石燃料を更に7%以上浪費し、その上数万年にわたって放射能汚染の恐怖と隣り合わせで暮らすことに科学的合理性を見出すことはできません。民生の電力供給事業としての原子力利用からは即刻撤退すること以外に自然科学的に合理的な選択肢はないと考えます。

(続く)

No.1484(2023/08/17) エネルギー問題・脱炭素社会について考えるF
原子力発電の特性について考える その2

 原子力発電の特殊性は、使用済みの核燃料をはじめとして、発電終了後に大量の危険物質である放射性廃棄物が発生することです。発電した発電設備の解体や放射性廃棄物の処理など、後処理のすべてをまとめて「バックエンド」と呼びます。

 日本では、福島第一原発事故によって、これまで先送りにして曖昧にごまかしてきたバックエンド処理に対して、全く意図せぬ形で直面することになりました。勿論、事故原子炉という特殊性があるものの、これまでほとんど経験のない原子炉解体処理は困難を極め、事故発生後12年以上が経過していますが、工程は遅れる一方であることからも、バックエンドの難しさの一端がわかると思います。また、その困難さから、バックエンド処理に費やされる資金や工業的エネルギーが莫大なものになることを予想させます。
 また、あまり報道されることはありませんが、過酷な被曝労働は少なくない犠牲者を伴うことが分かってきました。民生用の発電技術の後処理において、正常運転したとしても過酷な被曝労働という非人道的な労働を同胞に強いる発電方式を我々の社会は容認してよいのでしょうか?

 本題に戻ります。発電終了後には使用済み核燃料を含む高レベルの放射性廃棄物、あるいは運転で放射化した発電所構造物の巨大な固体廃棄物などが大量に発生します。

 現在、これらの放射性廃棄物について次のような処分方法が考えられています。

 ここで少し核燃料サイクルについて触れておきます。そもそも工業的に利用可能な235Uは遍在する希少な資源であり、確認埋蔵量に対する可採年数は石炭よりも短いのです。日本には工業的に利用できるような良好な鉱床はなく、ほぼ100%のウラン燃料は輸入品です。それにもかかわらず、原子力発電を推し進める政府は、原子力は国産のエネルギーと喧伝していました。それは、日本の原子力利用は高速増殖炉核燃料サイクルが実現できることを前提に進められてきたからです。

 高速増殖炉とは、235Uを燃料とする軽水炉を運転することで使用済み核燃料の中に生成するプルトニウム(239Pu)を再処理してプルトニウムを主体とするMOX燃料とし使用する原子炉です。高速増殖炉の運転で発生する高速中性子によって、MOX燃料内の238Uや炉内に設置した劣化ウランブランケットの非分裂性の238Uを分裂性の239Puに変換することで、高速増殖炉で消費するPuよりも炉内で生成するPuの方が多くなる=Puが増殖します。

 高速増殖炉が実現すれば、天然ウラン中の99.3%を占めている非核分裂性の238Uを239Puに変換して『無尽蔵のエネルギー』を得ることが出来るという夢を描いていたのです

 しかし、高速増殖炉は『もんじゅ』の廃炉でも分かるように、いまだ技術的に確立していません。また、六ケ所村の再処理工場も未だ技術的な問題を抱え、まともに運転することはできません。原子力利用の中核的な技術である高速増殖炉と再処理技術は、事実上破綻しています。
 狗肉の策として、MOX燃料を定格外の軽水炉燃料として利用しようというのがプルサーマル発電ですが、軽水炉では消費された燃料以上のPuを生成することはありません。また、MOX燃料価格は235Uを使った通常のウラン燃料よりも高価であることから、恐らく化石燃料に対するエネルギー産出比はウラン燃料以下であり、無意味です。

 したがって、使用済み核燃料の大部分はおそらく再処理されずにそのまま高レベル放射性廃棄物として処分されることになります。

 発電を終えた原子力発電所設備や使用済み核燃料は放射能を持っているため、環境から隔離して長期間にわたって管理し続けなくてはなりません。こうした原子炉の解体・保管処分のためには莫大な工業的なエネルギーの消費が伴うことは容易に想像できます。しかし、現状では一体どの程度の経済的コストと工業的なエネルギーの消費が必要かを正確に見積もることは不可能です。

 例えば高レベル放射性廃棄物の処分については次のようなロードマップが示されています。

 原子炉から取り出された直後の核燃料は発熱が大きいために50年間ほど冷却設備の中で排熱しながら管理することが必要です。

 ある程度発熱が収まった段階で、最終の地下施設での管理に移行します。

 高レベル放射性廃棄物の放射能レベルが、ウラン鉱石レベルにまで低下するためには、数万年〜10万年という途方もない時間がかかります。原子力文化振興財団のホームページには次のような記載があります。


日本では、ガラス固化体を30〜50年程度、一時貯蔵して冷却した後、最終的に地下300mより深い安定した地層中に処分することを基本方針としています。高レベル放射性廃棄物の放射能レベルが十分低くなるまで、数万年以上にわたり人間の生活環境から遠ざけ、隔離する必要があり、その最も確実な方法として地層処分が採用されました。


 ここに紹介した数万年間にわたる高レベル放射性廃棄物の処理のロードマップは、ほとんど夢物語のような内容です。10万年と言えば人間が誕生したころから現在までの期間に匹敵する、ほとんど永劫といってもよいほどの期間です。
 僅か数十年間の原子力発電の運転期間に少しの電力を得ることで、耐用期間後に数千年〜数万年の期間、ただただ工業的エネルギーを投入し続けて危険物を環境から隔離して管理し続けることが必要なのです。
 しかし、工業化社会は化石燃料の枯渇によって恐らく数百年後には崩壊しており、工業的なエネルギーを潤沢に供給することは不可能です。また、いかに堅牢な施設であろうと、日本のように複雑な地質構造を持ち、地震の多発する弧状列島の地下において、人工構造物が数千年、数万年という期間を通じて健全であることを技術的に保証することは不可能です。
 このように、科学・技術的に見て、原子力発電によって生じる放射性廃棄物の処分が数万年間にわたって順調に完遂できるとはとても考えられませんが、期間を通して莫大な追加の工業的エネルギーの消費を伴うことだけは間違いありません。

 原子力の利用は、原子爆弾の様に一瞬で人を殺傷し、環境を破壊するためには有効です。しかし、民生用の技術として利用すること自体に無理があります。人間あるいは人間社会のライフサイクルとバックエンドまで含めた原子力利用のライフサイクルのタイムスパンが余りにもかけ離れているため、閉じた技術として人間あるいは人間社会で管理することが出来ないからです。このような人や人間社会によって責任を持てない技術を利用することは許されないと考えます。

 現在の原子力発電によって供給されている電力価格は、電力会社が支払っているフロントエンドの費用の一部を基に算定されたものです。ウラン燃料の濃縮技術は準軍事技術であって、原子力発電を行うほとんどすべての国は核兵器保有国であり、国家からの莫大な資金を投入することで維持されています。日本では核兵器こそまだ保有していないものの、発電所以外の核関連施設には莫大な国家資金が投入されています。原子力技術とは国家的なプロジェクトでなければ経済的に成立しない技術なのです。
 現在の原子力発電電力価格は、今回紹介してきたバックエンドの処理にかかる費用や投入される工業的なエネルギー量を全く考慮していません。福島第一原発事故に伴う原子炉解体に始まる我が国のバックエンドの処理事業を実施するための資金は、電気料金価格に上乗せするのか税金で賄うのかは別にして、最終的には莫大な費用を全て国民が負担することになります。

 今回見てきたバックエンドの処理は、恐らく完遂されずにどこかで破綻することが予想されますが、莫大な工業的エネルギーの投入が必要になります。原子力発電電力は、フロントエンドで投入される工業的エネルギー=化石燃料に対するエネルギー産出比でさえ0.3程度であり、バックエンドに投入される化石燃料を含めれば更にエネルギー産出比は大幅に低下します。したがって、電力供給技術として、原子力発電は火力発電よりもはるかに大量の化石燃料の消費が必要であり、CO2放出量を増加させるのです。

 再び世界の一次エネルギー消費量の推移について考えます。

 再生可能エネルギー発電では、自然エネルギーと化石燃料を消費して電力を生産していました。消費された化石燃料を再生可能エネルギー発電ではなく火力発電に投入すれば、再生可能エネルギー発電よりも多量の電力が供給できることを示しました。
 これは原子力発電でも全く同じです。したがって、再生可能エネルギー発電と原子力発電を全廃して、これらの発電方式で消費されていた化石燃料を火力発電に投入することで供給電力量は増加するのです。あるいは同一の電力量を確保するのであれば化石燃料消費量は削減できるのです。

 実質的に自然エネルギーも原子力も何ら有効な電力を供給しておらず、再生可能エネルギー発電は広大な自然環境を破壊し、原子力は危険な放射性廃棄物を大量に産み出すためのみに存在しているのです。実に愚かな非生産的な技術と言うしかありません。

 勿論、原子力発電電力だけで原子力発電システムを拡大再生産することは不可能であり、脱炭素社会を実現することは不可能です。

(続く) 

No.1483(2023/08/15) エネルギー問題・脱炭素社会について考えるE
原子力発電の特性について考える その1

 日本における原子力発電は核保有論者であった中曽根康弘によって、そもそも核兵器技術を担保することを一つの目的として開始されたものです。
 実際に、福島第一原発事故の後に成立した「原子力規制委員会設置法」第一条ないし改正された「原子力基本法」の附則11条に敢えて「我が国の安全保障に資することを目的とする」と書き込まれています。安全保障というのは言うまでもなく軍事目的ということです。軍事目的ということは、経済性を度外視していることと同義であることを心に留めておいてください。

 原子力の最も「自然な」形は核燃料を臨界以上の密度にして連鎖反応で一瞬で巨大なエネルギーを開放すること、つまり核爆弾としての使用です。

 さて、自然界にはウランは拡散した状態で広く存在しています。しかし実際に核燃料の材料として使用可能なウラン鉱の品位は0.1%程度が目安です。

 天然ウランの中の核分裂性の235U(質量数235のウラン)の同位体比率は0.7%程度です。

したがって、ウラン鉱石の品位を0.1%とすると、ウラン鉱石1トン当たり約1kgのウランが含まれています。更に235Uの同位体比率は0.7%なので、ウラン鉱1トン当たり0.007kg=7gが含まれています。

 原子力発電が導入され始めたころ、原子力発電のすばらしさを喧伝する標語として「ウラン1gは石炭3トン、石油2000リットルに相当」という表現がよく使われました。
 235U原子1個が核分裂した場合およそ200MeV(メガ電子ボルト)のエネルギーが解放されます。1eV=1.602×10-19Jです。したがって、

200MeV=200×1000000×1.602×10-19J=3.204×10-11J

 235Uの原子量は235なので、235U1gに含まれるウラン原子の個数は、

6.02×1023/235=2.65×1021

したがって、235U1gが完全に核分裂した場合に放出されるエネルギー量は

3.204×10-11J×2.65×1021=7.73×1010J=7.73×104MJ

 これに対して、石油1リットルの熱エネルギーは約38.7MJです。したがって石油2000リットルの熱エネルギーは7.74×104MJなので、概ね235U1gの核分裂エネルギと同等ということです。ただし、核分裂エネルギーとは核分裂片の運動エネルギー、放出されるα線、γ線、β線の持つエネルギー等であり、単純に熱エネルギーと同等というわけにはいきません。

 工業化社会を支えうるエネルギー資源は、使いやすく、大量に供給できることが必要です。最も重要なことは拡大再生産が可能でエネルギー産出比が高いことです。
 化石燃料である石炭では露天掘りのできる条件の良い炭鉱ではエネルギー産出比は40程度ともいわれます。つまり、掘り出した石炭の40分の一を採炭に投入するだけで40倍の石炭を生産することが出来るのです。これは石油にも言えることで、条件の良い油田ではエネルギー産出比は数10程度でしょう。
 これは、化石燃料が精製のためにほとんどエネルギーを消費せず、簡単な装置を使うだけでほとんどそのまま燃やして使用することが出来ることが大きく関係しています。

 これに対して原子力は対照的です。235Uは重量当たりのエネルギー密度が極端に大きいのですが、これは人間が扱うにはむしろとても危険なことであり、使いずらいエネルギー資源です。その結果、厳重な安全対策を施した特殊な施設でなければ取り扱うことが出来ません。
 さらに重要なことは、鉱石に含まれた235Uをそのまま使うことはできず、精錬によってイエローケーキとしてウランを取り出し、これを転換してガス状のUF6(6フッ化ウラン)にした上で、使用目的に必要な235U濃度にまで濃縮した上で再転換してウラン燃料に「加工」して初めて利用できるようになります。この工程で莫大な工業的なエネルギーが消費されます。

 以下、元京大原子炉実験所の小出裕章氏の文章を引用します。


ウラン濃縮の困難さ

 人類が初めて原子核エネルギーを手にしたのは1945年7月16日のことでした。その日、米英ソの3国が日本への降伏勧告を協議するため、ドイツ・ベルリン郊外のポツダムに集まって会談することになっていました。米国はそれに合わせて、自国の砂漠で人類初の原爆トリニティーを炸裂させました。米国は原爆を作るために「マンハッタン計画」と呼ばれる極秘計画を進め、5万人にのぼる科学者・技術者を使い、総計20億ドル(7300億円)の資金を投入しました。(ちなみに、1940年の日本の一般会計は60億円、1945年で220億円でした。)その結果、1945年の時点で米国は3発の原爆を完成させました。その1つがトリニティーであり、残りの2つが広島(リトルボーイ)と長崎(ファットマン)で実戦使用されました。このうちリトルボーイはウランを材料にして作られていましたが、トリニティーとファットマンはプルトニウムと呼ばれる元素を材料に作られていました。
 一口でウランといっても、その中には燃える(核分裂する)ウランと燃えない(核分裂しない)ウランがあり、このうち燃えるウラン(U-235)は天然にはわずか0.7%しか存在しません。残り99.3%は燃えないウラン(U-238)です。しかし原爆のように一気にウランの核分裂反応を進行させようと思うと、燃えるウランの濃度を93%以上というような高濃度に高めなければなりません。そのために必要となる作業を「濃縮」と呼びますが、その作業は厖大なエネルギーを必要とします。

 リトルボーイの爆発力はTNT火薬に換算して1万5000トン分でした。高度な軍事機密のため正確な値は分かりませんが、そのリトルボーイは約30kgの高濃縮ウランを材料に使っていたと思われます。それを得るために「濃縮」作業で使ったエネルギーは、TNT火薬5万トン分に相当します。原爆は圧倒的に強力な兵器であり、どんな犠牲を払ってでも手に入れる価値のあるものだったと思います。しかし、ウランで原爆を作ることはエネルギー的にいえば実に馬鹿げたことでした。 


 これは兵器級の235U濃度90%以上の高濃縮ウランの場合ですが、ウランの濃縮に投入されたエネルギー量は、核爆発によって解放されるエネルギーの5万トン/15kトン=50000/15000=3.33倍が消費されています。おそらく235Uの濃縮に使用されたエネルギーは電力であったと考えられます。火力発電のエネルギー産出比を0.35とすると、核爆発で解放されたエネルギーの3.33/0.35=9.5倍の熱量の化石燃料が投入されたと考えられます。
 つまり、

リトルボーイの核爆発のエネルギー産出比=1/9.5=0.105

になります。このように「ウランで原爆を作ることはエネルギー的にいえば実に馬鹿げたこと」なのです。ただし、軍事目的として強力な爆弾を作ることが目的であったために、経済性やエネルギー効率を度外視してマンハッタン計画は遂行されたのです。
 実際には、更にウラン鉱の採鉱、精錬過程においても多くのエネルギーが投入されています。これを考慮して、

兵器級ウラン燃料のエネルギー産出比=0.08

としておきます。

 こうした原子力エネルギーを汽力発電の熱源として使用するのが原子力発電です。原子炉は核分裂の連鎖反応を制御して核分裂エネルギーを熱として取り出す装置です。核分裂反応の制御は一瞬ですべてのエネルギーを開放する単純な原爆よりもはるかに技術的に難しいシステムです。
 原子力発電は民生用の発電技術なので、エネルギーの利用効率や経済性を度外視することはできません。235Uの核分裂反応から有効に取り出せる熱エネルギーのエネルギー産出比は決定的に重要な要素です。
 前述の様にウラン爆弾に使用する235Uの濃度は90%程度です。これに対して軽水炉で使用するウラン燃料の235U濃度は5%程度です。天然ウランの235Uの同位体比率を0.7%とすると、ウラン爆弾用の兵器級ウランの濃縮率は90/0.7=128.5倍、軽水炉用ウラン燃料の濃縮率は5/0.7=7.1倍程度です。勿論単純には比較できませんが、濃縮に必要なエネルギー量が濃縮率に比例するとすれば、軽水炉用ウラン燃料の濃縮に必要なエネルギー量はウラン爆弾の7.1/128.5=1/18程度です。したがって、

原子炉用ウラン燃料のエネルギー産出比=0.08×18=1.44

 原子力エネルギーは民生用としては汽力発電の熱源として使用する以外にありません。
 最新鋭の化石燃料を用いる火力発電では、高温側で600℃、25MPaの蒸気を取り込み、燃料として投入した熱エネルギーの47%程度を電力に変換することが出来ます。コンバインドサイクル火力発電ではガスタービンのガス温度は1300℃程度で熱エネルギーの60%程度を電力に変換することが出来ます。
 軽水炉原子力発電では、熱源として235Uという放射性物質を使用するために、高温側の蒸気圧力を火力発電ほど高くすることが出来ません。高温側の水蒸気温度は284℃=557K、6.8MPa程度です。低温側を100℃=373Kとした場合の最大効率は、

ηmax=1−373/557=0.33

 実際の発電システムではエントロピーが発生するため、発電に有効に利用できるエネルギーは30%程度です。したがって、

原子力発電電力のエネルギー産出比=1.44×0.3=0.432<1.0

 これは原子炉用ウラン燃料だけに着目したエネルギー産出比です。実際に原子力発電を行うためには、235Uという危険な放射性物質を扱うために、火力発電とは比べ物にならない厳重な安全設備を備えた巨大な原子力発電所や付帯設備が必要になります。これを考慮すれば原子力発電電力のエネルギー産出比はさらに大幅に低下し、恐らく0.2〜0.3台にとどまると考えられます。
 このように。投入した化石燃料に対する軽水炉原子力発電電力のエネルギー産出比は火力発電以下になります。したがって、原子力発電を運用するために投入した化石燃料を火力発電に投入した方が供給できる電力量が多くなるのです。

 化石燃料を原子力発電に投入することで供給される電力のエネルギー産出比が顕著に改善するならば、ある程度の放射性物質による汚染リスクを受忍してでも原子力発電を行うことに一定の意義を見出すことが出来ます。しかし、現実には放射能による汚染リスクを負ったうえで供給できる電力のエネルギー産出比は低下するのですから、原子力発電を導入することには全く意義は存在しないのです。
 唯一価値を見出すとすれば、冒頭にも触れたように、日本が将来的な核兵器保有国になるための技術的な担保として、経済性を度外視して原子力技術を保有することだけなのです。

 今回は原子力発電の特性として、「フロントエンド(ウラン鉱採鉱〜原子力発電までの工程)」の原子力発電のエネルギー産出比について考えてきました。次回は「バックエンド」について考察することにします。

(続く)


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