No.353 (2008/09/28)失言?暴言?いや、本音!

 私も不勉強で良く知らなかったのですが、中山成彬前国土交通大臣、しかも元文部科学大臣という人物はとんでもない偏見の持ち主のようです。今回の彼の発言は、彼には科学的な社会認識能力が無いことを如実に示したものであり、大臣どころか議員になるべき人格ではないことを示しています。彼の発言は、うっかり間違ったことを言ったり表現が暴力的であったなどという次元ではなく、彼の歪んだ社会認識に基づく信念の吐露であり、正に『本音』の発言です。
 この種の発言があった場合、辞任の理由を失言あるいは暴言とする場合が多いようですが、ほとんどの場合、失言や暴言ではなく、今回同様むしろ本音の正直な発言であることがほとんどでしょう。ですから、辞任あるいは更迭の理由は、この種の発言をした人物の人格そのものが議員や大臣に不適格であるからなのです。
 中山氏の辞任会見では、議会運営に混乱を生じさせる可能性があるから辞めるというものでした。麻生は、任命責任を問われた時、大臣指名では中山という人物の人選には誤りは無く、大臣就任後に今回のように本音を発言するとは思わなかったという点が誤算であったというものです。うっかり本音を言ってしまったという意味で今回の出来事は「失言」と言っても良いのかもしれません。
 中山氏は、彼の地元宮崎における自民党の集会において、県連から発言を慎むようにたしなめられたその直後に、再び日教組解体運動の先頭に立ちたいと発言しています。それにもかかわらず、宮崎県の自民党県連は次の選挙で中山氏を公認するという決定をしたといいます。
 これは理論的には、自民党という政党の体質として、中山氏の今回の発言内容そのものは取り立てて問題にすべきことではないという認識を示していることになります。しかし、選挙対応あるいは有権者向けには発言は慎んだほうが良いということを表明しているだけということなのでしょう。これでは中山氏の方がまだしも正直であり、宮崎県の自民党県連の方がより姑息な連中ということになります。

 さて、宮崎県民を始めとする有権者はこの自民党の体質に対して、どのように判断するのか?あるいはこの問題は争点にならないのか、注目しておこうと思います。

追記
 自民党は、中山氏では選挙を戦えないと考えた様です。おそらく麻生周辺の選対から圧力がかかったのであろうと推測されますが、中山氏は次の選挙に立たないことになりました。
(2008.10.04)

No.352 (2008/09/26)麻生と小泉

 効率優先、規制緩和、結果として国民の安全と福祉の切り捨てと貧富の格差の2極分化というの日本の現在の弱肉強食の経済状況を作り出し、米国のテロとの戦いを口実として(これは全く虚偽であったわけですが、小泉はついにこの問題について何の説明もすることなく頬被りしたまま逃げ出しました。)、米国盲従の日本の軍事国家化への先鞭をつけた、おそらく戦後最悪の内閣を率いた小泉が今期限りで議員を辞めるそうです。おそらく自民党の総裁選において、小泉の経済政策を継承する小池が敗北を喫し、麻生内閣において小泉の経済路線を継承する勢力が排除されたことが直接の原因であると思われます。
 小泉が議員を辞めることは誠に喜ばしいことですが、日本の社会システムに彼の残した爪あとの傷は浅くありません。

 さて小泉以降、国民の判断を経ないまま、三つ目の政権となる麻生内閣が発足しました。麻生は経済的には会社経営者という経歴から、おそらく小泉とは異なり、歴代の戦後保守政権と同じように国家の財政主導で景気浮揚を図る路線に回帰するようです。これは小泉とは異なる経済政策ですが、これも全く頂けません。更に経済規模を水ぶくれさせてパイを大きくして、そのおこぼれで貧困層を満足させようというだけの話です。

 一見全く正反対のような彼等ですが、そのタカ派的な性格あるいはファッショ的な性格には非常に似通ったものを感じます。麻生内閣の顔ぶれを見れば、麻生自身のワンマン=ファッショ的な内閣を目指していることは明らかであり、その中に石破、浜田という強面の米国盲従の軍国主義者を配したものになっています。こんな内閣には早く退陣していただきたいものです。蛇足ですが、自民党を中心として世襲議員が牛耳るこの国の国政にはあきれ果ててしまいます。

 今年中には衆議院の解散・総選挙が行われることになるでしょう。民主党にそれほど期待するわけではありませんが、消去法による「よりマシ」な現実的な選択肢として小沢民主党政権しか無いのが現実です。

No.351 (2008/09/13)川辺川ダム

 今回も前回に続いて九州管内の公共土木事業関連の書き込みです。あまり説明の必要は無いでしょう。新聞記事をご覧ください。

2008.09.11大分合同新聞夕刊

追記
 今朝のニュース番組で、川辺川ダム建設を続行することを求める住民の陳情の様子が報道されました。これは、ダム建設に、おそらくやむなく同意し、苦渋の選択として慣れ親しんだ土地を離れ村落ごと移転した住民たちの悲痛な訴えなのだと考えます。大規模公共事業にはつき物の悲劇です。
 事業関係者は、こうした住民に対する適切な政策的配慮を行うと同時に、繰り返される悲劇に学び、計画立案に当たっては慎重な検討と地元住民との徹底的な議論を尽くす事が不可欠だと考えます。
(2008.09.19)

No.350 (2008/09/10)大入島訴訟と裁判員制度

 このHPで継続して報告している、大分県佐伯市の大入島の埋め立て工事に対する差し止めを求める住民訴訟の控訴審判決が出ました。まずはこれを報告した新聞報道を紹介します。

 控訴審判決も住民の訴えを退け、行政の勝訴になりました。司法の判断は、これまで通り地域住民の意思や、かけがえのない自然環境の重要性よりも、その必要性あるいは必然性も定かではない『公共』土木事業を強行する国や自治体の意思を優先するものです。この種の司法の判断の無能、あるいは住民軽視の判断は救いようがありません。

 さて、来年から刑事事件についての裁判員制度が導入されます。私はこれについては二つの意味で反対であり、仮に裁判員に選出されても拒否することにしています。
 まず第一に、刑法に関する個人的な犯罪とは社会性においては余り重要ではなく、専門馬鹿(=裁判官)に任せておいても特段問題はないと考えるからです。手続き等を考えれば、裁判員制度を導入することによって、審議が迅速になり、より正当な判断が出来るなどと言うことは考えられません。
 第二に、これは考えようによっては体制を維持するためのかつての五人組制度のように国民相互を監視させる制度となるからです。

 もし裁判員制度を意味のあるものにしようと考えるならば、現在ほとんど機能していない国家・自治体の横暴を住民の立場から牽制する機能を司法制度に持たせると言う意味で、行政訴訟にこそ導入すべきものだと考えます。

No.349 (2008/09/05)『温室効果・再放射』再考

 二酸化炭素地球温暖化仮説では地球大気の『温室効果』と『再放射』という言葉を聞くことがあります。この二つの言葉が地球大気下層における温度構造を説明する上で大きな誤解の元になっているように思います。もう一度言葉の意味とその物理的な実像について考察し、整理しておきたいと思います。

1.地球の気象システムの平均的熱収支

 地球大気に於ける温度構造を説明する上でよく見られるのが平均的な熱収支図です。このHPでも既に『大気温度はどのように決まるか』と言うレポートでこれに触れていますが、その後の議論を踏まえて更に検討することにします。熱収支図は多少数値が異なる場合もありますが、基本的には次の図に示されるようなものが一般的です。

 

S. H. Schneider, Climate Modeling.Scientific American 256:5.72-80, 1987
※この図の単純な誤りを訂正しておきます。右上の太陽放射(100)のすぐ下の大気による放射(25)は『大気による反射』の誤りです。
http://www.geocities.jp/obkdshiroshige/ondanka3/skgup2.html

 この図は、地球の位置における太陽放射強度(太陽定数と呼ぶこともある。)である1,370W/m2の1/4の値を100とした場合の平均的な熱(エネルギー)の単位時間当たりの相対的な移動量の概略を示したものです。
 まず、地球の位置における太陽放射強度はどのように決まるかを考えておくことにします。太陽と地球の距離を149,597,870km、太陽の直径を1,392,000km、太陽表面温度を5,780Kとします。太陽表面における放射強度はステファン・ボルツマンの式から次のように求めることが出来ます。

S0=σT4=(5.67×10-8)×5,7804=63,284,071.5W/m2

 太陽は球体であり、放射強度は太陽からの距離の2乗に反比例して減衰します。地球の位置における太陽放射強度は、

S=S0×((1,392,000/2)/149,597,870)2≒1,370W/m2

 平均的な熱収支図では、S/4=342.5W/m2を100として描かれています。これは、太陽放射に直交する面に投影された地球の断面積が受取る太陽放射の総量を、球体の地球の表面積に対して均等に配分した場合の強度と言う意味です。つまり、熱収支図とは、平均的な地球の表面の単位面積・単位時間当たりの熱(エネルギー)の移動量を示したものなのです。

 以下、地表面、大気システムについての熱(エネルギー)の収支についてみていくことにします。

 

地表に到達する太陽放射の大気による減衰

赤の実線は太陽表面における放射強度を6000Kの黒体放射とした場合の地球の位置(大気圏外)における放射強度を示す。黒の実線で示した地表レベルでの太陽放射の観測値との差が大気による減衰(大気による反射・散乱と気体分子による吸収)を示す。着色部分は可視光線の波長領域を示す。
http://f.hatena.ne.jp/kkyamasita/20070413080039


 まず地表面について考えます。太陽放射を構成する電磁波の波長領域は紫外線〜可視光線〜赤外線領域に分布しています。太陽放射の内25は雲や大気による反射によってそのまま宇宙空間に散乱します。更に紫外線はオゾン層においてほとんど吸収され、赤外線は地球大気の中に存在する赤外活性気体、いわゆる『温室効果ガス』に吸収されるため、地表に到達する太陽放射は減衰して可視光線を中心とする45になります。
 地表面の温度は平均的に15℃(288K)程度であると言われています。地表面が黒体で近似できるとした場合、地表面からの放射の波長領域は主に赤外線となり、その放射強度はステファン・ボルツマンの式から次のように計算できます。

Se=(5.67×10-8)×2884=390W/m2

 これは、(390/342.5)×100=113.9に相当します。実際には地表面は黒体ではないので、実際の放射強度は射出率ε<1.0を用いて次のように書き表されます。

Se=(5.67×10-8)×2884×ε=390εW/m2

 図では、地表面の放射強度を104としていますから、ε=104/113.9=0.913程度としていることになります。
 更に、地球には表面水があり、しかも大気によって覆われています。そのため、放射以外に水の蒸発による潜熱(24)や大気への熱伝導(図では上昇温暖気流と表記:5)で放熱しています。
 さて、仮に地表面への熱(エネルギー)の入力が太陽放射45だけだとすると、出力133に比べて88だけ不足することになります。これでは地表面は非定常に冷却されてしまうことになります。これを補っているのが大気システム下端から地表面に供給される大気からの赤外線放射です。詳細については後述することにします。

 次に大気システムについて考えます。大気システム(大気、雲、エアロゾルなどで構成)は、前述の通り太陽放射の一部(25)を直接受取り、更に地表水の蒸発潜熱(24)と地表面からの熱伝導(5)と地表面放射(100)によって熱(エネルギー)を受取ります。
 対流圏大気のように比較的分子密度の高い気体は、「局所熱力学平衡」と呼ばれる状態にあり、大気中におけるエネルギーの移動あるいは分配比率は絶えず頻繁に起こる分子衝突(=大気を構成する気体分子の並進運動状態)によって支配されています。気体のエネルギー状態は、気体分子の運動(=並進)エネルギー、気体分子内のエネルギー状態(回転、振動)で表されますが、局所熱力学平衡状態では、太陽放射(25)、蒸発潜熱(24)、熱伝導(5)、地表面放射(100)で大気システムに供給された熱(エネルギー)が分子衝突によって並進・回転・振動エネルギーの間で常に相互転化しており、確率的にある一定の割合で並進・回転・振動エネルギーに分配されています。
 その結果、大気の温度状態(=気体分子の並進運動状態)に対して、常に一定の割合の赤外活性気体分子は内部エネルギー的に励起された状態にあり、その温度状態に対応する定常的な赤外線を放射しています。
 気体からの放射現象は、固体からの放射現象とは異なり、固定された表面が存在しません。ある高度で放射された赤外線は大気中のあらゆる方向に放射されますが、大気中を進むうちに赤外活性気体に吸収されて減衰していくことになります。

 

つくば市(北緯36度)における下向き赤外線放射観測値

この観測結果は、太陽放射の直達放射を取り除いた大気からの赤外線放射を「放射エネルギーを熱エネルギーに変換して熱電対により測定する熱型放射測器」によって測定したものです。観測条件は8月の北緯36度における観測値です。平均的な熱収支図の値342.5×0.88=301W/m^2と直接定量的な比較は出来ませんが、オーダー的にはよく一致すると考えられます。
http://www.kousou-jma.go.jp/obs_third_div/longwave.htm

 現状の地球大気システムでは、下端において比較的下層の大気で放射された赤外線の内、赤外活性気体に吸収されずに地表にまで到達したものが88となって地表温度を維持していると同時に、上端において比較的上層の大気で放射された赤外線の内、赤外活性気体に吸収されずに宇宙空間に放出される赤外線66が地表面から直接宇宙空間に放出される赤外線4と共に、有効な太陽放射70とバランスすることによって、大気温度の定常状態が維持されているのです。
 ここで、大気システムの下端と上端から放射される赤外線放射強度が非対称である理由を考えることにします。既に『大気温度はどのように決まるか』で触れたとおり、地球の重力場における大気の鉛直温度分布は、大気の熱的・力学的な安定性から対流圏では下層ほど高く上層ほど低く、湿潤温度減率に従っていることを示しました。放射強度は絶対温度の4乗に比例するために、大気からの放射強度は下層ほど大きく、上層ほど小さくなるのです。これに、大気の分子密度による赤外線の減衰率の違いが影響しているものだと考えられます。

2.温室とは異なる「温室効果」

 だいぶ前置きが長くなりましたが、以上が冒頭に示した図の示す内容の概略です。さて、では『温室効果』とは何なのでしょうか?一般的に地球を包んでいる大気によって、地表面が15℃程度に保たれているしくみをこう呼ぶようです。
 地球に大気が存在しない場合について考えることにします。この場合、地表には植生が存在出来ませんから地球表面による太陽放射の反射率も大きく変わると考えられますが、ここでは反射率は変化しないものとしておきます。地球を暖めるために有効な平均的な太陽放射は342.5×0.70≒240W/m2になります。これに対する放射平衡温度で平均的な地表面温度が近似できるものとすると、ステファン・ボルツマンの式から地表面温度は次のように求められます。

T={240/(5.67×10-8)}(1/4)≒255K=-18℃

 実際の現在の地表面温度は15℃程度といわれていますから、地球大気があることによる昇温は33℃になります。この33℃の昇温現象を『温室効果』と呼ぶのは適切な表現とは思えません。温室内の空気が周囲の環境の気温よりも高温になる主な理由は、暖められた温室内の空気が温室によって周囲の大気循環から隔離されているために、大気の流れで攪拌されないことであり、これまで述べてきた地球大気の温度構造とは異なるからです。

3.温室効果は地表面放射の「再放射」ではない

 CO2地球温暖化仮説では、大気からの赤外線放射に対して誤った説明がされています。CO2地球温暖化仮説では、地表面放射が温室効果(=大気下端における下向き放射)の原因であるかのように説明されていることがあります。冒頭に示した図においても、あたかも地表面放射104の内の100が大気システムに一旦吸収された後に、その内88が温室効果として地表面に向かって再び放射されるように描かれています。
 大気に供給される熱(エネルギー)の経路は太陽放射(25)・地表面放射(100)・蒸発潜熱(24)・熱伝導(5)の4通りですが、局所熱力学平衡の下では大気の温度状態は頻繁に起こる分子衝突に支配されており、供給された全ての熱(エネルギー)は等価なものとして大気を構成する分子に分配され、分子衝突を介して並進・回転・振動エネルギー間で常に相互転化を繰り返しています。その結果、エネルギーは温度状態によって定まる一定割合で並進・回転・振動に分配されており、大気は各高度の温度状態によって定まる定常的な放射を行っているのです。大気の定常的な放射のうち、大気システム下端に到達する下向きの放射が温室効果と呼ばれるものの実体なのです。
 つまり、地表面放射は大気に熱を供給する一つのチャンネルに過ぎず、地表面放射と温室効果(=大気下端における下向き放射)との間には何ら直接的な関係はないのです。温室効果とは地表面放射を吸収して励起状態にある赤外活性気体が基底状態の戻ることによって起こる『再放射』ではないのです。もし仮に、大気の温度状態と独立に大気の放射強度が変化するのであれば、局所熱力学平衡が破れていることを意味し、対流圏下層大気の中では起こり得ないのです。
 また、ひどい解説では赤外活性気体間での放射・吸収の回数が増えることで温室効果が増大すると言う説明がなされていますが、そのようなことは有りません。問題なのは放射・吸収回数ではなく、大気の温度状態によって定まる放射を行う赤外活性気体の定常的な存在量なのです。

 CO2地球温暖化仮説では、CO2濃度の増大で、温室効果はいくらでも増え、地表環境はいくらでも高温化すると言う主張でした。これまでの考察から、確かに赤外活性気体の存在量が顕著に変化すれば、大気の射出率の増大になる可能性はありますが、それによって単純に地表面の温度が上昇するかと言えばそうではありません。一つには、赤外活性気体の増加は大気からの放射の射出率の増大と同時に赤外線の減衰率の増大を意味するからです。また、大気は固定されたものではないため、下層大気が加熱されれば大気の対流や地表水の蒸散が増えるために地表付近の熱は大気上層に運ばれて余計に放熱されるためです。いずれにしても、大気中のCO2はごく微量であり、それほど顕著な変化があるとは考えられないのです。

4.熱は高い方から低い方へ流れる

 さて、下層大気の温度構造を考える上で、CO2地球温暖化仮説とは別の誤解もあるようです。その一つは、地表面よりも低温である大気システムからの放射によって、熱(エネルギー)が地表面に供給されることは、エントロピー増大則に反するものであり熱力学的に有り得ないと言う主張です。言うなれば温室効果全否定論です。既に示した「つくば市における下向き赤外線放射観測」結果からもわかる通り、大気システム下端からの下向き放射は実在する現象であり、温室効果全否定論は演繹主義の誤用による机上の空論です。

※温室効果全否定論の本質的な誤り
 ここでは、温室効果を大気システム下端からの下方への赤外線放射の意味とします。温室効果全否定論の本質的な欠陥は、温室効果がないと仮定すると地表面における熱収支を考えると地表面放射が現在よりもはるかに小さくなり、地表温度が維持できないことを理解していないことです。
 ある温室効果全否定論者の方は、温室効果がなくても、大気の断熱圧縮で地表温度が維持できると言います。これは、温室効果がなくても対流圏上層の現在の温度が合理的に説明できると言う前提です。しかし、実際には温室効果があることによってはじめて対流圏上層の現在の温度状態が説明できるのであり、温室効果がなくなれば対流圏上層の温度も低くならざるを得ず、現在の温度を合理的に説明することは出来ません。

 エントロピーとは、分子の巨大な集合としての物質の温度特性に関する物理量です。電磁波は物体から放射されますが、放射された電磁波自身は物質とは独立に存在するものであり、エントロピーの対象外の物理現象です。エントロピー増大の法則は、分子の巨大集合としての物質を含む系における現象の非可逆性を主張するものです。放射現象は可逆的な現象であり、それ自身はエントロピーの対象外の現象です。しかし、電磁波が一旦物質に吸収されて物質の状態量として顕在化すれば、これは勿論エントロピー増大則によって支配されることになります。
 さて、大気システムと地表面との間の放射現象を考えることにします。大気は地表面に接していますが、電磁波による熱(エネルギー)の輸送は本来は物体同士が直接接している必要がない点が熱伝導とは異なります。これまで見てきたように、固体である地球の表面、そして気体である大気はその温度状態に対応する赤外線を放射しています。赤外活性気体はその温度状態に応じてあらゆる方向に向かって電磁波を放射しています。大気システム下端からの下向き放射の強度は88、地表面からの放射は104ですが、地表放射の内の4は大気システムに捉えられえることなく宇宙空間に放射されますので、大気システムに吸収される放射は100になります。
 ここで『放射伝熱』を考えます。これは絶対温度が0でない異なる温度の物体間の放射による実質的な熱移動を示す尺度です。二つの物体の表面温度をそれぞれT1>T2とすると、その放射強度Rはそれぞれの表面温度の4乗に比例するのでR1>R2になります。この時、高温物体は単位時間・単位面積当たりR1のエネルギーを失い、同時にR2のエネルギーを受取ることになります。つまり、高温物体は差し引きすると(R1−R2)>0の熱を失い、同様に低温物体は(R1−R2)>0の熱を受取ることになります。この(R1−R2)>0で表される実質的な熱(エネルギー)の移動量が放射伝熱量です。
 つまり、放射現象によって熱(エネルギー)は高温物体と低温物体の間で相互に受け渡されますが、実質的な熱の移動は常に高温物体→低温物体に流れており、高温物体と低温物体を含む系としてはエントロピーは必ず増大しているのです。冒頭に示した図を元に、放射伝熱量で実質的な熱の移動量についてまとめたのが次の図です。

 

 上図において、地表から大気システムに向かう放射伝熱量は、冒頭の図の大気システムに吸収される地表面放射100から温室効果88を差し引いた値を示しています。太陽からの放射伝熱量は、地球の表面温度が太陽の表面温度に比べて著しく低いため、地球放射による影響は限りなく0に近いために、太陽放射そのものとして大きな誤りはありません。同様に、地球から宇宙空間への放射伝熱量は地球からの放射そのものと同じになります。
 図から明らかなように、熱(エネルギー)は高温の太陽から地球を経由して、最終的に低温の宇宙空間へと拡散していくのです。地球では高温の地表面からより低温の大気システムあるいは宇宙空間に熱は流れていくのです。

 さて、地球の気候システムの概要を説明する上で従来の熱収支図と、ここに示した放射伝熱量を用いた表示方法の二つがあります。ではいずれが優れているでしょうか?放射伝熱量を用いた表示方法では、実質的な熱移動量が一目で分かりますが、その反面、対象となる物体の温度についての情報が欠落してしまいます。気候を考える上で、温度と言う情報は非常に重要な要素であり、私は個人的には物質の温度と明確な(勿論近似的にですが)関係を示している放射強度を用いた従来の熱収支図の方がはるかに優れていると考えます。

 最後に、本HPで使用している熱収支図とIPCC第4次報告書の図を示しておきます。冒頭に示した図とは多少数値が異なりますが、あくまでも熱収支の概略とご理解ください。

(数値出典:日本気象協会報告書,片山,1975年)

 

 この図の数値の単位はW/m2です。図の”Back Radiation”という言葉を『再放射』あるいは『逆放射』と表現していますが、この言葉が二酸化炭素地球温暖化仮説の考え方、それ故その限界をよく示していると考えます。第4次報告書の再放射の値324W/m2は、平均的太陽放射に対する相対的な表現を用いると324/342≒95となり、多少大きめに評価しているようです。

5.おわりに

 CO2地球温暖化仮説をめぐる議論では、科学的あるいは現象的に見て、必ずしも適切でない表現や象徴的な表現が多い様に思います。それはとりもなおさず自然現象としての科学的な検討の杜撰さを表しているようです。ほとんど気象現象やそれに関わる物理現象についての素人のような研究官僚が、権威をかさにとんでもない出鱈目を吹聴しているのをしばしば目にすることがあります。こうした人たちの発言には特に注意してその内容を吟味することが必要だと考えます。

No.348 (2008/08/18)大本営発表とCO2地球温暖化仮説

 さて、今年も敗戦記念日を迎えました。毎年この時期には沖縄戦、広島・長崎の原子爆弾投下、そして敗戦についての特別番組が流されます。全くこうした番組が流されなくなるよりはましと考えるべきなのかもしれませんが、ただ単に過去を振り返り、形ばかりの懺悔を行うのでは何の力にもならないのが現実です。今この時にも日本は軍事同盟国アメリカの侵略戦争に加担しているという現実を見る時、これに反対することも出来ない侵略戦争の反省に一体何の意味があるのか?という疑問が拭い去れません。
 折りしも今年は北京オリンピックがこの時期に重なり、いつもの年よりも敗戦関連報道が少ないように感じます。その一方では、スポーツを通したナショナリズムの高揚、若者たちが日の丸・君が代に無邪気に熱狂した姿を数多く見る機会があります。お祭り騒ぎの影で侵略戦争を遂行している状況に、違和感と不気味さを感じています。

 前大戦における大本営発表を中心とする一方的虚偽報道に対して、これを「信じ」戦争に自ら協力していった私たちの親たちの世代に対して「なぜそんな馬鹿なことを信じたのか」だとか「当時は情報が規制されていたから」だという議論を耳にすることがあります。果たしてそうなのでしょうか?
 戦中においても、意識の高い人たちの間では大本営発表の嘘は既に見抜かれていました。また、敗戦を経験した私の親世代の中には、一時的にではありますが自らの頭で考え社会に主体的に関わっていくことを自覚した階層が生まれました。しかしこの階層は成熟して、社会を動かす中核になる以前に米国占領軍によるレッドパージに合い、70年安保闘争の労働組合・学生運動の敗北で事実上崩壊してしまいました。日本の民主主義の萌芽は、わずか30年足らずで崩壊して現在に至っているのです。
 結局、現在の日本の国民大多数の意識は、前大戦あるいは敗戦からの最大の教訓であったはずの自ら考え行動する自立した個人を目指すのではなく、自らは何も判断せず主体的な行動をしない戦前回帰の従順で善良な領民のものに戻ってしまっているようです。結局、戦後の一時期を除いて、この国の大衆の意識は戦前も戦後も何等変わっていないと思われます。

 現在の人為的CO2地球温暖化仮説による狂騒状態を「エコ・ファシズム」と呼んでいますが、これは単なるアナロジーではなく掛け値なしに「エコ」=人為的CO2地球温暖化仮説に基づく全体主義体制に他なりません。愚かなマスメディアは大本営発表さながらの非科学報道を繰り返し、従順で疑うことを知らない大衆の大部分はこれを「信じ」、訳も分からないままに自ら嬉々として『温暖化防止の国民運動』に参加しているのです。

 この現実を見る時、つくづくこの国の国民は何も変わっておらず=何も学習せず、過ちを繰り返し続けているのだなと暗澹たる気持ちになってしまいます。

No.347 (2008/08/11)信じることと考えること

 先日、ある環境問題についての学集会に参加して、温暖化について話す機会がありました。参加者は日ごろ環境問題について活動している方々であり、一般の方よりも環境問題に対する問題意識が高い方たちでした。ある意味では手強い方たちと言えます。
 一つには、いい加減な説明では馬脚を現すことになると言う点であり、もう一つは日ごろの活動からご自分の環境問題に対する「信念」をお持ちであるということです。前者の問題は、むしろ議論を深める意味で肯定的な側面です。しかし後者は、往々にして「信念」=「偏見」ないし「宗教的信仰」と重なる部分があり、論理的な議論では否定的な側面を持つようです。
 このような事情から、当日は主に温暖化に関する観測データを示すことに主眼を置き、そこから一体何が結論できるのかという点に絞った話しをすることにしました。
 私の参加した学習会の場では、それなりに理解を得られたのではないのか、という感触を得ました。しかし、残念ながらその後の雑談の中では必ずしも納得されなかった方がいたことを聞きました。
 具体的には、大気中における二酸化炭素循環について、人為的な化石燃料の燃焼は莫大であって、それが温暖化に絶対影響しているはずだというご意見のようでした。またおそらく「カーボン・ニュートラル」説の洗脳によるものでしょうが、自然循環における二酸化炭素は問題ないのだという意見だったようです。この話しにはかなり落胆しました。
 当日の説明では、一般に広く認知されていると思われる数値、自然循環では年間約210Gtの二酸化炭素(炭素重量、以下同じ。)が排出され、人為的には年間7Gt程度が排出されており、全排出量に対する人為的な影響は3%程度ということを述べました。確かにどこの馬の骨とも分からない講師から単純に数値を聞かされただけでは、自然の循環と人為的に付加された二酸化炭素排出量との絶対量について疑問を持たれることはおそらく現在の温暖化に対する情報量から考えて、ごく自然なことだと思います。ただ残念なのは、それならばいずれがより現実を反映した内容なのかを確認する作業を行ったうえで判断を下すべきであり、できれば私のいるところで疑問を述べて欲しかったことです。
 今回の学習会を通して感じたことは、やはり二酸化炭素地球温暖化の呪縛の強さであり、これを覆すことの難しさです。

 折角ですから、二酸化炭素の自然排出量の目安を考えてみることにします。二酸化炭素の循環を考える場合、最も重要になるのが生態系からの二酸化炭素排出です。JAXAのHPから「地球が見える/海域別に見る海の基礎生産力」http://www.eorc.jaxa.jp/imgdata/topics/2004/tp040317.htmlを紹介しておきます。ここでは、海洋の基礎生産力(海洋植物プランクトンが窒素・リンといった栄養塩、太陽光を得て光合成し、海水へ溶け込んだ二酸化炭素を取り込み固定する「単位時間、単位面積あたりの炭素量」のこと)を示しています。

 これを見ると、月平均の生産量は約4Pg-C/月程度、年間に直すと約48Pg-C/年=48Gt-C/年程度ということになります。海洋に存在する有機炭素の量が定常的であるとするならば、光合成による生産量=二酸化炭素固定量である48Gt-C/年を分解して大気中に放出していると考えることができます。
 勿論これは概算値ですが、これらのデータから、植物系以外の生物的二酸化炭素交換量や無機的な交換量を含めると、海洋部分における年間二酸化炭素放出量が90Gt-C/年程度というのは、少なくともオーダー的には妥当な見積もりであろうと考えます。確かに、化石燃料の燃焼に伴う二酸化炭素排出量は小さいとはいえません。しかし、地球の生態系を含めた表面環境における炭素交換量はそれ以上に大きいのです。

 二酸化炭素濃度という目に見えないものについての、しかも地球規模での認識は、非日常的な話題であり、残念ながら私たちの日常感覚で感得できる範囲を大きく超えたものです。私も含めて、このような問題に対して直接的・感覚的に納得することは無理です。このような問題に対しては、利用できる、できるだけ確からしい観測データを基にして議論するしかありません。
 この種の議論では、前提となる事実(=観測データあるいはそれによる推定)を共有しなければ議論をすることが出来ません。「信じられない」という非論理が前提にある限り、そこには議論は存在しないのです。考えるための前提は信じることではなく、確からしい事実を共有することなのです。

No.346 (2008/07/30)温暖化と二酸化炭素の嘘がバレる日

 前回の書き込みとも関連する内容ですが、北海道の知人の文章を紹介したいと思います。前回の書き込みの内容とともに、義務教育の学校現場における非科学的な教育内容も非常に危険です。幼児に対してはともかく、小学生以上の子供たちには、無用に擬人化された自然観は害を与えるだけだと考えます。
 殊に女性を中心とした環境保護運動の中に見られる特徴的な傾向として、自然の擬人化と非科学的・感情論によるヒステリックな活動はとても危険なものだと考えています。前回も述べた通り、環境問題は徹底的に自然科学的な考察が重要であると考えます。

 要らぬ能書きはこの程度にして、本文をどうぞ。

『温暖化と二酸化炭素の嘘がバレる日』(北海道 E.H.)

No.345 (2008/07/28)二つの非科学的な『温暖化』観

 さて、『科学的』には人為的CO2地球温暖化仮説は虚像であったことがほとんど確認されたと考えています。ただし、世界政治・経済的にはますます人為的CO2地球温暖化仮説は主流になりつつあります。この状況がいつまで続くのか、非常に重大な問題です。
 一つには、人為的CO2地球温暖化対策という虚像の目的のために貴重な資源や時間が浪費され、本質的な環境問題が放置され、一層深刻になる可能性が高いことが挙げられます。
 また、科学的裏付けの無い温暖化対策技術、例えば原子力発電や自然エネルギー発電による希少資源の浪費が加速されること、そして最も懸念されることは核拡散が確実に進むことです。
 この核拡散には二つの意味があります。一つにはいわゆる『平和利用』に限っても、運転中の事故や核廃棄物の管理の失敗による環境汚染の可能性が高くなることであり、もう一つは核兵器技術の拡散です。
 核爆発を起こす技術については大国が管理強化するにしても、劣化ウラン弾などの低技術の核爆弾は原子炉を持っていればいつでもどこでも作ることが出来ることを忘れてはなりません。
 いずれの場合も最も根源的な資源である地球環境や遺伝子情報を含めた生物資源に甚大な影響を与える危険性が増大することを意味しています。

 さて、人為的CO2地球温暖化仮説をめぐる論争はこうした社会状況と密接に関わっており、通常の科学論争とは異なり、いわゆるG8に代表される身勝手な先進国の政治・経済戦略によるバイアスがかかっており、それだけに事実が見えにくい状況になっています。
 日本国内では思想的に大きく二つの潮流があるようです。一つは人為的CO2地球温暖化仮説を無条件に信奉する主流派の流れです。ここには現在、日本政府と主要企業を始めとする多くの勢力が結集しています。他の問題では行政や企業と対立する場面のあるリベラルな民主勢力ですが、人為的CO2温暖化仮説においてはNPO、NGOを中心として翼賛国家化が進行しています。ここにおける「対立」とは、国家の政策が生温いと言う批判であり、むしろ叱咤激励に近いものです。
 ここに結集する自称『リベラル』派の主張は、残念ながら非科学的で感情的です。良識的だと考えられてきた活字メディアの多くもこの流れに飲み込まれているようです。例えば、昨年このコーナーでも紹介した岩波書店の『科学』誌における温暖化特集記事を見れば良く分かります。東北大の明日香壽川とフォトジャーナリスト神保某との対談に見られるように、人為的CO2地球温暖化仮説に反論する者に対して『保守』のレッテルを貼り、非科学的な感情論に訴えて抹殺しようとしています。
 さて、現在の主流はこの『妄信派』ですが、その科学的な根拠はほとんど失われ、近年の温暖化の原因は自然現象であることが次第に明らかになってきています。おそらく早晩CO2温暖化仮説は過去の過ちとして科学的に葬り去られることになると思われます。
 さて、そうなると大きな問題は、妄信派に与していたリベラルを自認していた『民主』勢力の崩壊です。彼等は良かれと思い善意から妄信派に与していたわけですが、その理論的な背景に対する無知から自ら招いた結果とはいえ、信じるべき支柱を失ってしまうことになります。もしかすると70年代の労働運動・学生運動の崩壊に始まる日本における大衆の社会性の崩壊現象に類似の現象が環境分野で起こることになるのかもしれません。つまり環境問題に対する関心が全般的に後退してしまう危険性をはらんでいるのです。
 そこで不気味なのがもう一つの思想的な潮流です。既にマスコミにも少しづつ現われ始めている兆候ですが、人為的CO2地球温暖化仮説の非科学性を『科学的』に明らかにするという姿勢をとりながら人為的CO2温暖化仮説を攻撃するだけに留まらず、『人為的CO2地球温暖化説は嘘』=『環境問題一般は嘘』に論点を摩り替えてしまおうという勢力です。

 現在、妄信派に取り込まれてしまっているリベラル民主を自認する環境保護活動家達が、このまま人為的CO2地球温暖化仮説の誤りに気付かないまま、泥舟とともに沈んでしまうことになると、シンパであった大衆は一種放心状態の白けた状態に陥り、世論は雪崩を打って環境問題は存在しないとする勢力の台頭を許す危険性が増大しているように感じます。

 今こそ、自然科学的な冷静な判断を拠所にする環境議論がますますその重要性を増してきていると言ってよいでしょう。

No.344 (2008/07/11)温暖化・諫早・・・無能な報道

 ちょっと一段落したので、最近の気になった報道についてまとめてコメントしておきます。相変わらず報道機関の無能ぶりは手が付けられないようです。

■役に立つ緊急地震速報?!

 このHPでは、No.334で報告したとおり、緊急地震速報は役に立たないと述べてきました。この速報自体、地震波の到達速度の違い(縦波の方が横波より伝播速度が速い)による子供だましのような情報であることは既に述べたとおりです。これに対してNHKの報道によりますと、仙台市や盛岡市で岩手・宮城内陸地震における緊急地震速報についてアンケートをとった結果、役に立つと判断した回答が半数を超えたそうです。これをもって有効だと言いたいのでしょう。
 これは実にとぼけた判断です。震源からかなりはなれて、激甚な被害のなかった地域では、緊急地震速報が横波到達以前に発表できるのは当然です。問題は、激甚な被害の出た地域=震源近くではどうなのかと言うことなのです。勿論これらの地域では横波到達の前に有効な情報など出せるわけもありませんし、それで被害が小さくなるなど考えられないことです。
 この報道に対する注意点は二つあります。まず、緊急地震速報と言う事業を正当化するためには、有意義であったと言う結論が必要なのです。つまりこの報道は提灯記事に過ぎないのです。次に、アンケートをとる場合、一体どのような対象にアンケートをとった結果なのかという点です。このあたりを吟味しなくては正当な評価など下せないのです。
 その後の奄美大島から沖縄にかけての地震においても、揺れの大きかった場所では緊急地震速報が出る以前に横波が到達したようです。これが現実なのです。

■CO2温暖化と経済政策

 洞爺湖サミットがらみで、温暖化を阻止するためにCO2排出を減らしましょうという類の非科学報道は枚挙にいとまがありません。2050年までに経済成長を続けつつ、50%削減だ、いや80%削減だなどというとんでもない数値が飛び交います。
 CO2排出量が気温を左右すると言う問題はさておくとして、経済成長をしつつCO2排出量を50%も一体どうやって減らすのか?という技術的な問題について注目する報道機関が皆無なのは一体どういうことでしょう。
 エネルギー政策の本命はどうも原子力発電の増強であり、その他として風力発電や太陽光発電でしょうか。エネルギーコストの積上げによる算出は企業秘密で難しいとしても、総量で考えた場合、原子力発電が大きな割合を占めるフランスは日本よりGDP当たりのCO2排出量は少ないのでしょうか?風力発電が20%を占めると言うデンマークはどうなのでしょうか?実質的には原子力や風力発電を導入したからと言って顕著にGDP当たりのCO2排出量が少なくなるなどと言う事実は存在しないのです。むしろ、日本が最低レベルにあるのです(おそらく原発や風力発電などを廃棄すればもっと良くなるでしょう。)。
 前回の『宗教化する風力発電NPO』で触れたように、おそらく風力発電の無理な導入は付帯設備整備の大きなコストを含め、電力供給システム全体のCO2排出量を押し上げる要因にはなり得ると考えられますが、削減する可能性は皆無です。勿論、原発然り。
 まったく科学的な判断能力の欠如した日本の報道機関は、まず間違いなく大本営発表と同類の過ちを繰り返すことはほとんど必然だと言ってよいでしょう。

 CO2排出削減は待ったなしの最優先課題だと言いながら、舌の根も乾かないうちに石油高騰で経済が停滞するのは由々しき事態だとやる彼等の頭の中はどんな構造になっているのでしょうか?本当にCO2排出を削減したいのなら、石油価格の高騰と石油需要の低下=産業活動の縮小こそ最も効果的であり、歓迎すべきはずですが・・・?
 むしろ、工業生産を抑制するために、企業の設備投資を抑制するために法人税率を極限まで引き上げて内部留保を吐き出させ、一般消費税を全廃した上で個別物品税=奢侈税に戻し、徹底的な累進課税を行い、弱者を生かすつつましい社会を構想する良い機会だと考えます。
 なぜ、石油の消費を減らし、工業生産を減らしてつつましい社会を構想しましょうという論理的で真っ当な判断にならないのか・・・。社会的な意味において単なるおもちゃに過ぎないアップルの携帯端末を購入するために3日も前から列を成すガキ文化に牽引される消費社会の方が異常なのです。

■CO2削減施策は公共土木事業の肩代わり〜諫早の過ちは繰り返される

 諫早湾干拓事業に対する裁判は、予想通り国の上告となりました。この件についても報道はまったく無能であり、結果論として無駄な事業だった、水門は開くべきだなどとやってはいます。当地、大分県では大入島埋め立て工事が地元住民の粘り強い運動でここ数年間事業を止めています。報道機関は諫早の過ちを繰り返させないために本当に動くつもりなら、現在進行中の反対運動を今こそ大々的に報道して、完全にこの事業の息の根を止めるために何らかの役目を果たすべきだと考えます。
 公共土木事業に対して、進歩的を装う報道機関は雁首揃えて『無駄な公共事業の見直しを!』と叫んでいますが、結局のところ進行中の問題については『立ち入った報道は差し控える』という聞こえはいいが、その実何もしないと言うのが実体です。

 さて、行政は公共土木事業の後釜として、CO2温暖化対策と言う国家事業を開始しようとしています。この愚かな事業のために血税が湯水のように浪費されようとしています。無能な報道機関はまたしても全面的にこの事業を手放しで推進する広報機関になっています。一旦動き始めて社会的な枠組みが出来上がってしまえば、公共土木事業同様、誤りだと分かってもおいそれとはそこから抜け出せなくなるのは痛いほど経験しているはずです。無能で論理的な思考のできない報道機関は、またしても同じ轍を踏むことになるでしょう。

■新手の詐欺?カーボンオフセットプロバイダー

 これもNHKのニュース番組で見たのですが、グリーン電力証書なるものが流通しているようです。これは、日本自然エネルギー株式会社が発行しているもののようです。こういう事業をする組織のことを『カーボンオフセットプロバイダー』と総称するようです。

 悪名高い(笑)ウィキペディアから、カーボンオフセットの概要を引用しておきます。

1.特定の活動(省エネルギー活動など)によって、排出される二酸化炭素の量を削減する努力をする
2.その上で、やむを得ず排出される二酸化炭素の量を算出する
3.その算出された二酸化炭素の量をオフセット(相殺)するために、植林・森林保護・クリーンエネルギー事業を実施する。

 このカーボンオフセット、いわゆる京都メカニズムと同様の内容ですが、国以外の第三者機関が認証する民間の取引で行われるもののようです。この仲介を行うのがカーボンオフセットプロバイダーです。これは排出権取引同様、実質的にCO2排出量を削減する効果はなく、単なる数字の遊びと考えてよいでしょう。構造的にはえび養殖をやるからという名目で金を集めるのとほとんど同じで、考えようによってはヤラズボッタクリです。
 カーボンオフセットプロバイダーの中には、個人を対象にあくどい稼ぎを考える連中も少なくないでしょう。善良で、良い人だけれども、都市生活の快適さは手放せず、多少後ろめたい気持ちを持っている小金持ちの中間層がターゲットなのでしょう。彼等は金を払うことで、自分の生活を免罪する『快感』を買うわけです。『裸の王様』ならぬ『裸の市民』と言うことでしょうか(笑)

No.343 (2008/07/08)宗教化する風力発電NPO

 NHKのニュース番組で、洞爺湖サミットがらみで地元北海道の民間風力発電を推進するNPOの報告が放映されていました。北海道電力の営業地域は国内では『風力発電先進地』であり、既に既存電力ネットワークで風力発電の変動損失を吸収する限界に近づいているため、新たに風力発電を行っても買い上げは難しいと言う段階に至っています。NPOは、更に風力発電を無理やり増加させるために、より大きな電力ネットワーク化を進めるように要求しているようです。具体的には、本州への海底送電網を強化することを求めているようです。新たな送電ケーブルの設置には2000億円程度の事業費が必要だそうです。
 これは実におかしな話です。脱石油を目指し、グリーン電力などと言いつつ、その実現のために高度な電力供給システムの拡張を要求しているのです。勿論この海底ケーブルを建設するためには莫大な石油の追加投入が発生しますが、これは風力発電のためだけの付帯設備なのであり、当然風力発電のコストとして算入しなければならないことがわからないようです。建設するなとは言いませんが、これを電力会社に負担させようなどというのはまったくお門違いです。
 当初、彼等は脱石油を目指すための方策として風力発電の導入を目指したはずです。しかし、当初において十分な技術検討をせずに感情論だけで走り始めた結果、風力発電の不安定さと言う当然の問題に後から気付いたわけです。実に間抜けた話ではあります。しかしそれに気付いた段階で再度十分な技術検討を行うべきところを、有ろうことか電力会社に電力安定化の支出を要求すると言うとんでもない方向に走り始めました。
 この段階で彼等は風力発電で石油消費を削減すると言う当初目的を完全に逸脱し、風力発電は無条件にいいことなのだという宗教的な信仰から、いくらコストがかかっても構わないのだと言うドグマに陥ってしまったようです。
 
 さて、技術的な問題として考えてみましょう。北海道電力が風力発電の購入を控えているのは、北海道電力の既存の電力供給ネットワークの電力供給規模では、風力発電の供給電力の不安定性を吸収できる範囲が限界(と言っても、総電力供給量の高々1%のオーダーでしょう。この程度で既存電力供給システムで処理できないほどの不安定性を生じることが風力発電の本質的・致命的な欠陥です。)に達しているためです。電力供給のほぼ地域独占状態にある北海道電力は電力の安定供給に責任を持っているわけであり、当然の対応です。
 もっと言えば、北海道電力はこれまでに既に風力発電を受け入れるために、自前の発電施設の運転にしわ寄せしながら(=石油利用効率を落としながら)無理をして、その上高価な風力発電電力を購入してきたわけです。風力発電NPOは北海道電力の好意でかろうじて運転してきたのです。北海道電力のこうした対風力発電対策による石油利用効率の低下は風力発電のエネルギーコストに算入すべきものなのです。
 本来ならば、風力発電を行うNPO自身が供給電力を安定化する付帯設備を自前で用意した上で、安定した電力を北海道電力に供給すべきなのです。この付帯設備を含めた風力発電のエネルギーコストこそ実用的な風力発電のエネルギーコストなのです。単体の風力発電の不安定な電力でさえ、明確に最新の火力発電よりも石油節約的だとは言えないのですから、電力安定供給のための付帯設備を含めればまったく話にならないのです。
 冷静に考えれば、脱石油のための風力発電という手段はまったく技術的に成り立たないことは当然なのです。それでも『風力発電は良いのだ』と言い続ける彼等は、最早宗教としか言えないように思います。

No.342 (2008/07/05)数遊び 補足

 数値モデルの格子間隔と時間間隔についての補足です。

■補足 適切な格子間隔と時間間隔の設定

二次元粘性流体の移動と変形

 時刻t0における格子点(xn,yn)〜(xn+1,yn+1)で示された水色の領域が一つの「流体粒子」を表すものとします。流体粒子は主流の方向に移動するだけでなく、回転運動と同時に剪断変形(ひし形にずれるような変形)しながらt0→t1→t2と移動します。
 格子間隔dx、dyは、数値モデルで表現しようとする現象、粘性流体の乱流運動では表現しようとする最小の渦のスケールよりも十分小さい必要があります。運動エネルギーの熱エネルギーへの転化と環境への散逸を対象とする場合にはサブmmサイズにするのが理想的だと言われます。ここではdx、dyを1.0mmとすれば、cmサイズ程度の渦を表現することが期待出来ます。
 乱流は、その流れの中に非定常に生成・消滅を繰り返す各種スケールの渦を含みながら、全体として主流の方向に流れています。このような激しい非定常運動を追跡するためには十分短い時間間隔で現象を追跡しなくてはなりません。
 理想的には、時間間隔をdt=(t1−t0) 程度にとり、流体粒子が完全に領域(xn,yn)〜(xn+1,yn+1)を抜けきらない程度にすることが望ましいと考えられます。時間間隔を大きくするにしたがって、数値モデルの流れは滑らかな流れとなり、乱流構造をうまく表現できなくなります。
 主流の流速をvとすれば、理想的な時間間隔はdt<dx/v程度だと考えられます。仮に、v=1.0m/秒(風速1.0m)=1000mm/秒のとき、dt<1/1000=0.001秒、v=10.0m/秒であればdt<0.0001秒程度が望ましいのです。このように、同じ格子間隔を流れる流体の運動でも、流速が早ければ時間間隔を短くしてやらなければ誤差が大きくなるのです。

 大気の流れのように激しく変動する非定常流では、対象とすべき物理現象の最小スケールを基に格子間隔を設定し、考えうる最大流速に対して時間間隔を設定しなければなりません。
 現状の気候予測用数値モデルの水平面内の格子間隔は数km〜数100kmというものであり、とても大気の乱流構造を議論できるような解像度ではありません。これでは熱帯性低気圧の表現も危ういのが現状です。
 粘性流体の運動を表現するためにNavier-Stokesの運動方程式を離散化した数値モデルを用いれば、自動的に大気の乱流構造が再現できるわけではないのです。一体どのような物理現象を再現することが目的であるのか、そのためにはどの程度の空間的な解像度が必要で、その中でどの程度の時間間隔でモデルを動かせばよいのかを考慮したうえで綿密に数値モデルを設計・運用しなければ有効な解は得られないのです。

 現在の気候予測シミュレーション用の数値モデルは、対象とする物理現象の特性に対して、余りにも低解像度であることから考えて、数値計算を少し経験したものならばとても使い物にならないと考えるのが常識的な判断であろうと考えます。計算機気象学者のみなさんは、数値シミュレーションというものの適用限界というものについて、まったく無頓着なようです。一体何を目指して計算を行い、そのためにはどの程度の解像度のモデルが必要で、どのくらいの時間間隔でモデルを動かすことが必要なのかという、基本的な問題点をまったく逸脱しているとしか思えません。
 現状では、モデルの妥当性ではなく、電子計算機能力の範囲内でとりあえずモデルを作ってみたという数遊びの域を出ませんし、将来的にもモノになる可能性は皆無です。彼等は数値シミュレーションに対してまったく無知なのか、あるいは別の目的=数値計算によって二酸化炭素地球温暖化仮説を正当化するという目的のためにのみ気候シミュレーションを行っているとしか考えられないと思うのですが・・・。

No.341 (2008/07/03)数遊び 番外編

 さて、連載もだいぶ長くなりましたので、前回までの議論をまとめなおして本編の方に『時間追跡による気候予測は不可能』という題で公開しました。ご意見や疑問点がございましたらお寄せください。

 話しはまったく別ですが・・・、洞爺湖サミットを前にしてNHK・民放各社の放送内容から、果てはCMまでが『エコエコエコ・・・』と囀っています(笑)。何の役にも立たない排出権取引という虚像の市場が形成され、能天気なお人好しは裸の王様に祭り上げられ、悪知恵のある連中は見えない服でぼろ儲けです。その背後では原子力産業は活況を呈し、世界中への核拡散は秒読み段階です。
 日本政府の無能な連中は技術的・科学的の裏付けなどどこにもない二酸化炭素排出量削減技術に対して湯水のように税金を垂れ流し、企業はその税金の争奪戦。企業技術者や芸者学者の口車に乗って、二酸化炭素排出量削減の数値目標という空手形の乱発。どう転んだって大企業は儲かる反面、路上生活者は増加し、老人の孤独死は増えるばかり・・・。
 そんな中でも本質的な環境破壊は着々と進み続けていると言うのに、人類とは何とオメデタイ連中でしょうか!24時間のテレビ放送だけでは飽き足らず、更に購買意欲を増進するために地上波デジタル放送を行い、ますます便利な世の中のバラ色の夢を見せ、これでもかこれでもかとエコ替え需要を煽り立てる・・・。そんな連中が『エコエコエコ・・・』などと囀るのですから、あきれ果ててしまいます。

No.340 (2008/06/29)数遊び そのE

6.気候予測シミュレーションは不可能

 さて、とりあえず非線形系の数値シミュレーションとはどのようなものかというイメージがある程度出来たでしょうか?そろそろ結論のまとめに入ろうと思います。もう少しお付き合いください。

6-1 明日の天気は予測できなくても気候シミュレーションは可能?

 梅雨も最盛期に入りましたが、相変わらず天気予報はまったく当たらず(笑)、明日の天気予報さえ一日の内で二転三転して、外出の予定が狂ってしまいます。これなら、私の観天望気の方が少しはマシかもしれません。

 さて、気候シミュレーションについて、気象現象の日単位の予測はできなくても、気象現象の長期的・平均的な振る舞いである気候については予測可能だという主張があります。この主張をもっともらしいと思う方もいるかも知れませんが、何の理論的な裏付けの無い戯言に過ぎません。もしこれを主張するならば、それを理論的・定量的に証明しなければなりませんが・・・。

 これまでの話しで、気象観測と気候シミュレーションの解像度の問題はなんとなく似たような問題だと思っている方もいると思います。しかし実際には決定的な違いがあります。
 気象現象の観測値は、いくら時間的・空間的な密度が雑な情報であったとしても、それは現実に起こっている現象の部分的な情報を反映している、いわば気象現象という問題の正解の一部分を切り出したものなのです。
 ところが、数値シミュレーションの解像度の変化は数値シミュレーションの解そのものを変化させるものであって、雑な格子間隔ないし時間間隔は、単に空間的・時間的に大きなスパンの平均的な解を与えるわけではなく、現実とはまったく異なった解になるのです。
 気象現象も気候現象も同じ手法でモデル化されているのであれば、気象シミュレーション=短期の天気予報が予測不可能であっても、それよりも更に雑なモデルである気候シミュレーションによる長期的な予測が正解を与える事はあり得ません。また、日々の気象の変容を問題にしないと言うのであれば、気候シミュレーションを時間追跡で行う意味など最初から存在しないのです。
 時間追跡で将来予測を試みる背景は、時間の経過に伴う不可逆的な気候システムの変容を反映するために外なりません。気候の長期的な将来予測を高い精度で求めるのであれば、まずその前提となるのは短期的な日々の気象変化を適切に予測し、それをモデルにフィードバックできることが必須条件です。長期的な予測に意味を持たせるためには日々の気象変動予測に対する誤差の蓄積を出来る限り少なくしなければならないのです。雑なモデルを使えば誤差が誤差をキャンセルして正解を導くなどと言う都合の良い結果は現実にはあり得ないのです。

6-2 気候シミュレーションに将来予測は不可能

 気候シミュレーションの基本になるのは、流体粒子の運動量の保存則、質量の保存則、エネルギーの保存則です。この3つの基本法則を満足するような大気運動の構成法則を数値化することになります。ここでは、構成法則の詳細に立ち入ることはしません。

 気象予測シミュレーションは、それ以前の数値シミュレーションに比較して幾つかの決定的な違いがあります。
 まず一つは、対象とする領域が著しく巨大になったことです。これまでの数値シミュレーションは、実験環境を模倣するための道具として使われていました。電子計算機の能力的な進歩に合わせて、対象とする問題は徐々に巨大化あるいは精緻化してきましたが、それでも、気候シミュレーション以前では、限定的な時空間のモデル化でした。
 微視的な現象から巨視的な現象に及ぶ多くの階層性を含む巨大な時空的な広がりを持つ問題の数値シミュレーションは、それだけでほとんど正解を得ることが出来ない致命的な欠陥を持っています。
 現在、大気と海洋の結合モデルでは、海洋の深部から大気上層までを丸ごと解析の対象領域にしようとしています。気候モデルを構成する運動量の保存則、質量の保存則、エネルギーの保存則に関連する環境の状態量、例えば密度、温度、粘性、分子組成などは、無機的条件ばかりでなく生物的な条件によって場所ごとに実に多様に変化すると考えられます。
 高度な非線形系である気候システムの数値モデルを時間追跡で始動させるためには、これらの状態量に対してすべての領域において正しい初期値を設定してやることが必要条件です。しかし、私たちはある瞬間において同時に、海の底から大気上層までのあらゆる場所の状態量ΨΦ0(t0),t0)を観測し得ないのです。つまり、数値モデルに対して与えるべき初期条件を適切に設定するだけの観測データすら持っていないのです。
 前回紹介したとおり、解の一意性の保証のない非線形問題に対する『可能な解』の組み合わせはほとんど無数に存在しています。数値モデルに対して不適切な初期値を設定すれば、可能な無数の解の中から唯一の正解にたどり着くことなど最初の段階で既に破綻しているのです。シミュレーションのための条件設定すらまともにできずに、一体何を計算しようと言うのでしょうか?

 次に、気候シミュレーションでは、初期値に何らかの値を設定してやった後は、時間経過による変化を計算して、これを次の時間ステップにおける入力として利用することになります。通常の数値計算では外部から設定してやる入力を、前の時間ステップの計算結果の応答から自動生成することになるのです。
 しかし、気候現象に重大な影響を及ぼす可能性のある全ての現象をプログラムに内部化することは不可能です。例えば太陽活動の活性度、宇宙線量の変化、固体地球の大規模火山活動、エルニーニョ・ラニーニャなどの現象の発生を的確に予測することは不可能なのです。また、気候現象と生物的な環境の相互作用による変化を普遍的に予測することも不可能です。
 つまり、もし仮に気候を表現できる数値モデルができたとしても、気候に大きな影響を与える自然現象の発生を正確に予測できない以上、入力ΩΦ(t),t)に適切な値を設定することができないため時間追跡による気候の将来予測は不可能なのです。

 更に、現在の気候予測シミュレーションでは『パラメタ化』という手法が使われています。これは、現象的に把握されていない問題に対して、現象の発現機構は無視して経験的な入力に対する応答をブラックボックスとして数値モデルに組み込もうという試みです。代表的なものは、真鍋による大気の鉛直温度構造の放射対流平衡モデルによるシミュレーションで使われた『対流調整』があります。
 この手法は、現象の物理的な発現機構を無視してとりあえず数値的に値を求めるごまかしであり、環境の変化による現象の変容を示せないため、普遍的な正しさは保証されないのです。

6-3 モデルの支配方程式と解像度の不整合

 さて、気象現象の観測値は非常に激しく変動することが知られています。その主要な原因の一つが、大気や海流の運動が乱流構造を持っていることが挙げられます(乱流とは、主流の流れの方向と直交する方向に非定常に変化する速度成分を持つ流れです。色々の大きさの渦が全体として流れている状態だと考えればよいでしょう。)。気象予測あるいは気候予測シミュレーションでは流体の運動をNavier-Stokesの運動方程式を使って表しています。
 Navier-Stokesの運動方程式は、粘性流体の微小部分について流体運動の連続性を前提に微分形式で表された方程式です。粘性流体の微小部分、これは流体粒子と呼ばれますが、そのスケールは、『ナビエストークス方程式で表現された流体粒子は、流体粒子の密度が定義できるほど充分大きく、しかしニュートン力学が拠ってたつ質点の仮定が満たされるほど小さいと見なすのである(気候シミュレーションとは何か/中本)』とされています。
 気候シミュレーション以前では、Navier-Stokesの運動方程式を用いる流体の解析は、ユークリッド幾何学の成立する限られた空間的広がりの流れに対して適用されてきました。こうした問題に対してはある程度意味のある『定性的』な結果を得ています。
 しかし、気候シミュレーションでは地球全体という広大な領域を対象にしているわけですが、ここでは球面上に重力によって拘束された流体の局所回転座標系における運動を対象としなければなりません。局所回転座標系での運動を記述するためには、コリオリの力に代表される慣性力という『架空の力』を必要とします。まず第一の問題は、Navier-Stokesの運動方程式を用いる流体の解析が局所的な空間で成果を得たからといって、これを局所回転座標系の特性を無視し得ない地球規模の流体運動に適用することが妥当である保証が無いことです。

 気候現象という熱現象を含む流体運動の解析に当たっては、乱流の持つ特性、例えば乱流拡散現象や、流体の運動エネルギーの熱エネルギーへの転化と環境への散逸が重要です。これを記述するためには、乱流を適切に表現することが必要です。

 

屋久島宮之浦岳の後流に現われた周期的なカルマン渦

 自然風つまり大気の流体運動では、様々のスケールの渦が混在しています。大きな渦としては、衛星写真で判読できるような熱帯性低気圧の数10km〜100kmサイズの巨大な渦、海洋上の孤立した島の後流に見られるカルマン渦、小さい方では物体の表面境界層に見られるサブmmサイズの微小な渦まで存在します。運動エネルギーの熱エネルギーへの転化・散逸について解析するためにはサブmmサイズの渦の挙動が重要だと言われます。

 

Roshko(1976)自由乱流境界層の発達

 左方から空気を流し、上方側の流速が下方側よりも大きいため、流速のギャップを緩和するために乱流境界層が形成されている。乱流境界層は階層性を持つ右回りの渦によって構成されている。

 Navier-Stokesの運動方程式で大気の乱流を表現するためには流体粒子のサイズを、対象とする乱流を滑らかな流れと見なせるほどに小さくする必要があります。
 つまり、直接的に熱現象を含めて乱流の大気運動を表現しようとした場合、大気をモデル化した数値シミュレーション・モデルの格子間隔は少なくともサブmmサイズでなければならないのです。現在の大気大循環モデルの水平解像度=格子間隔は数km〜数100kmですから、少なくとも格子間隔を現在の10-6〜10-8倍にしなければならないのです。空間的な格子点数は現在のモデルの格子点数の1018〜1024倍に膨れ上がるということです。また時間追跡の時間間隔も意味のあるものに短くしてやらなければなりません。
 現実的にはこのような巨大な数値モデルを実行することは二つの点から不可能です。まず第一に、電子計算機の能力的な限界です。次に、仮にそれがクリアーできたとしても、数値誤差の蓄積で解のS/N比が極端に悪化する可能性が高く、意味のある解を安定的に求めることは出来ないでしょう。以上から、気象ないし気候現象をNavier-Stokesの運動方程式に基礎を置く数値シミュレーションによって物理現象を解析的に追跡して定量的に意味のある将来予測を行うという手法は不可能と考えるべきなのです。

 これまで、Navier-Stokesの運動方程式を直接的に用いて乱流構造を持つ大気をモデル化する数値シミュレーションについては不可能だということを述べました。それならば、微小流体粒子ではなく、もう少し大きな大域的な大気を対象として乱流運動を記述できないかという疑問が生じます。
 そのためには、乱流の微小構造を十分把握してこれをパラメタ化するということになります。これは一つの方向であろうと思います。こうした方向で、乱流の特性を明らかにしようという研究は行われていますが、未だ風洞によるモデル実験と数値的なシミュレーション結果を比較照合する段階であり、必ずしも定量化できる段階ではないようです。自然風の影響を考慮する必要のある工学的な問題、例えば長大橋梁や塔状構造物についての設計の最終段階では現在でも高価な風洞実験が用いられることが多いことから、この程度の空間的なサイズでも数値的なシミュレーションの信頼性は高くないと考えられます。
 結局、実験的な環境においても色々なスケールの渦を色々な比率で含む乱流の特性を十分には把握できていないのが現状なのです。しかし、仮に乱流の性状に対しての特性が十分定量的に把握できたとしても、乱流の物理的なモデル化を排除した気候モデルでは、乱れの性状が不明なので、適用すべき乱流の特性を適切に指定できないという矛盾が生じることになります。ここでもパラメタ化一般の弱点が排除できず、結局意味のある気候シミュレーションは出来ないということなのです。

6-4 モデルの誤差評価ができない問題

 さて、気候シミュレーションに携わる計算機科学者は、気候シミュレーションモデルは過去の気候を再現することに成功しているのだから正しいのだと言い、多くの人たちもこれを『宗教的』に信頼しているようです。しかし、過去の気候を再現すると言うことはどういうことなのでしょうか?
 気候モデルは海の底から大気上層までの数10万〜数100万(?)の格子点パラメーターを求めています。これに対して、『過去の』気象観測は、おそらく地表付近のしかも地域的に限定された場所のデータしか存在しません。一体何を以って再現できたと判断するのでしょうか?
 この状況は現在でも同じです。現在においてもある瞬間の同一時間における深海から大気上層に亘る気象システムの状態に関する観測データなどどこにも存在しないのです。結局、気象ないし気候システムを模倣する数値シミュレーションモデルを構築して何らかの計算結果を得たとしても、比較すべき実測データが存在しないのですから、シミュレーションの信頼性あるいは誤差評価ができないのです。誤差を評価できない数値モデルなど、単なるコンピューターゲームに過ぎないのです。

 ではまったくシミュレーションの妥当性は評価できないのでしょうか?そんなことはありません。同一手法で行われる最高解像度の数値シミュレーションである日々の天気予報の予測精度がすべてを物語っています。これ以上の説明は必要ないでしょう。

No.339 (2008/06/24)数遊び そのD

線形系と非線形系

5−3 非線形連立方程式の解法

 さて、前回までで非線形系の数値的な離散化までの流れを見てきました。例として構造力学の問題を扱ってきたわけですが、ここからは一般論として整理しなおすことにします。まず、記号を整理しておきます。非線形連立方程式を次のように表記します。太字はベクトル量、[ ]は行列を表すものとします。

[KΨΦ(t),t),Φ(t))(t)=ΩΦ(t),t)

[KΨΦ(t),t),Φ(t))] 係数行列
ΨΦ(t),t) 状態量
Φ(t) 応答ベクトル
ΩΦ(t),t) 入力ベクトル
t 時間


 係数行列の要素は状態量ΨΦ(t),t)と、応答Φ(t)の関数として現われますから、高次の非線形性を持っています。状態量ΨΦ(t),t)は応答Φ(t)と時間tの関数になります。自動的に時間追跡を行うことを前提にすると、入力ΩΦ(t),t)も応答Φ(t)と時間tの関数になります。
 とりあえずこれで、非線形・非定常問題に対する非線形連立方程式が完成しましたので、後はこれをどうやって解くかということになります。この件について、もうだいぶ前になりますが、国立環境研究所の江守正多氏は私の問いに次のように解答してくれました。

― 気候モデルでは、非線形方程式を非線形のまま離散化して解いています。大気モデルでは、普通収束計算は行いません。海洋モデルでは収束計算を行うものもありますが、それほど数値的に難しいものではありません。全般的に言って、数値計算の技術的な問題が無いわけではないですが、モデルの難しさの源としては、パラメタ化の難しさの方がずっと大きな割合を占める、というのが私の認識です。

 何と楽観的で無知な方なのだろうか、というのが私の感想です。おそらく江守氏は数値計算には実際に関わったことのない方だということが分かりましたので、その後、江守氏と議論することは止めました(笑)。ど素人を煙に巻くにはこの程度の話しで良いだろうと言うことなのでしょう。

 さて、本題に戻りましょう。残念ながら、非線形の連立方程式を非線形のまま解くということはできません。何らかの仮定の下に非線系項を取り除き、応答ベクトルに対する線形化を行わなければなりません。一般的には、応答が既知の時点t0における値を使って、時間tにおける応答Φ(t)について『線形』の関数関係を次のように構成します。

[KΨΦ0(t0),t0),Φ0(t0))(t)=ΩΦ0(t0),t)

[KΨΦ0(t0),t0),Φ0(t0))][K(t0]ΩΦ0(t0),t)=Ω(t)と表すと、

[K(t0(t)=Ω(t)

 この線形化した連立一次方程式に大きな入力Ω(t)を与えると、とんでもない結果になってしまいます。そこで、時間tを短いステップ冲に分割して、ステップごとに[K(t0]を修正してやることにします。これに対応して、入力は刄カ(t)、それに対する応答は刄ウ(t)として求めます。

[K(t0]刄ウ(t)=刄カ(t)

 最終的な解はΦ(t)=刄ウ(t)になります。これを『増分法』と呼びます。増分法による近似解を求める過程を模式的に表したのが上の図です。黒の実線が『正解』を示し、緑色の折れ線が増分法による近似解を示します。図からわかるように、残念ながら増分法では繰り返し回数が増えるにしたがって誤差が蓄積するため、増分ステップの多くなる問題への単独での適用は余り現実的とはいえません。

0

 この増分法の弱点を補うために、各時間ステップごとに収束計算を行うことで解の誤差を縮小するのが一般的です。下の図は増分法に非線形方程式の解法としてよく知られているNewton-Laphson法を用いた『接線係数法』による収束計算を併用した場合の模式図を示します。赤色で示したノコギリ状の折れ線が収束計算の過程を示しています。
 非線形の構造計算では、求める応答である変形量がそれほど時空的に激しく変動することはありませんが、それでも意味のある解を求めようとすると、増分法+収束計算はほとんど必須です。
 気候予測では、大気という比熱が小さく簡単に圧縮される物質を対象とするため、入力に対して極めて敏感に応答すると考えられます。気象要素が時空的に激しく変動する問題に対して、収束計算を行わないような計算を行って、意味のある解が得られるとは考えられません。
 しかし、一方では収束計算はいつでもうまく行く保証はなく、激しく変動する関数に対しては解が発散する可能性が高くなります。気候予測で収束計算を行わない理由は、解の精度はともかく、解の発散を避けて、とりあえず有限確定値をまがりなりにも求めようとした結果なのかもしれません。
 このような激しく変動する応答を求める問題において、精度的にも意味のある解を求めるためには、空間的な格子間隔や時間間隔を区間内で応答Φが十分滑らかな関数と見なせるほどに限りなく細分化することが必要になります。
 しかし、ここでまた別の問題が起こります。パラメータ数の増加・数値モデルの高精度化は、計算機のハード的な有効数字の限界による数値誤差の絶対値と解の絶対値の相対的な比を縮小し、S/N比が悪くなり、解が不安定化する可能性が高くなるのです。
 また、より現実的な問題として、利用可能な計算機という資源の限界が存在します。

 以上、非線形連立方程式の求解に関する技術的な問題点をいくつか見てきましたが、楽観的な江守氏が思うほど問題は簡単なものではないことがお分かりいただけたでしょうか?最後にもう少し非線形連立方程式の解の問題を見ておくことにします。

 非線形系では、一般に入力Ωに対して解の一意性は保証されていません。前回の飛移現象でも紹介したように、あるレベルの入力に対して、解が複数存在する可能性があります。どの解に到達するのかは、初期値の取り方によって色々な場合が考えられます。これは全ての格子点パラメーターに言えることであり、結果として可能な応答ベクトルΦの組み合わせは無数に存在することになります。
 また、入力Ωのとり方によっては、対応する応答Φが存在せず、∞に発散する可能性もあります

No.338 (2008/06/22)数遊び そのC

線形系と非線形系

5.非線形系

5-1 材料非線形

 さて、これまで例題としてきた単純梁の問題は、『線形弾性・微小変形』の問題として扱ってきました。具体的には曲げモーメントMがたわみのwについての二階微分で表される曲げ歪w”に比例し、その比例定数IEが定数であるとしてきました。
 まず、材料非線形について考えます。これは、梁を作っている物質の持つ弾性係数Eに関する非線形性に由来します。『弾性』とは、力を加えると変形し、力を除くと元の状態に戻る性質です。加えた力に対する変形のしやすさを示すのが弾性係数です。

 線形弾性体では弾性係数は定数で変化しないものとして扱います。上の図では、曲げを受ける梁のモーメントMと曲げ歪w”の関係を示しています。線形弾性体について、直線の勾配が曲げ剛性IEを表しています。
 非線形弾性体では、曲げ剛性IEが曲げ歪w”の関数IE(w”)になります。
 線形弾性体、非線形弾性体は、荷重が増加していく経路(青色の矢印)と荷重が減少していく経路(桃色の矢印)は同じであり、荷重がゼロになると、変形もゼロに戻ります。
 これに対して、非線形弾塑性体では、荷重が増加していく経路と減少していく経路が異なり、荷重がゼロになっても『残留歪』が残り、完全に元の状態にもどることはありません。非線形弾塑性体の歪−荷重曲線はいわゆる履歴曲線(ヒステリシスカーブ)の典型的な例の一つです。

 弾性係数については、もう一つの重要な性質があります。それは弾性係数の時間依存性に起因する性質です。ある物体に対して一定の力を加えておくと、時間の経過に伴って、変形が更に進行していくことがあります。これは弾性係数Eが時間tの関数E(t)であることを示しています。このような性質を『粘弾性』と呼びます。

 以上から、材料非線形を一般的に表せば、曲げ剛性についてはIE=IE(w",t)と表すことができます。

 ここでは梁の曲げ問題についての材料特性の問題として考えましたが、これは自然現象一般について、対象とする現象の支配方程式そのものではなく、その中に現われる現象の起こる場=環境の状態量の非線形性と対応させて考えればよいでしょう。

5-2 幾何学的非線形

 幾何学的非線形性は前節で示した弾性係数と言う状態量の持つ非線形性ではなく、支配方程式自体の持つ非線形性に由来します。『微小変形』問題とは、変形量が小さく、変形量の2次以上の因数を含む項を無視しても大きな影響がない場合に成立します。
 これに対して『大変形問題』では、変形量の2次以上の因数を含む項の影響が無視し得ない場合です。構造力学では求めようとする変形量=幾何学量の非線形性に由来することから『幾何学的非線形』と呼んでいます。
 単純梁の問題においても、たわみwが大きくなれば支配方程式はwの非線形項を含んだ形に修正されることになります。幾何学的非線形性を含む支配方程式は複雑になるのでここでは触れないことにします。そのかわりにいくつかの面白い非線形現象を紹介する事にします。

(1) 座屈

 一端(左端)を自由に回転できるピンで壁に固定した棒のもう一方の端点に、棒の方向に力Pを加えることにします。力が小さいうちは棒は軸方向に少し縮みます(もちろん目で見えるほどには縮みません。これが微小変形ということです。)。ところが力の大きさがある大きさを超えると、突然力を加えている方向とは直角の方向に棒が大きくたわみます。

 

 この現象について、力Pと棒の中央点の力の作用方向に直交する方向へのたわみwの関係をグラフに示します。力を大きくしていく(青色の矢印)と、ある力まではたわみはゼロです。ところが力がある大きさを超えると突然たわみ始めます。この現象を座屈と呼び、たわみ始める力を座屈荷重と呼びます。

(2) 飛移

 前の例で、座屈した状態を固定した状態を初期状態とします。これは、棒の長さよりも少し幅の狭い壁の間に棒を無理に押し込んだような状態です。この曲がった状態の棒の中央に横荷重Pを作用させることにします。図の桃色の線は、横荷重P=0の状態とします。
 横荷重Pが小さいうちは、上方向に反ったまま徐々に下方向に変移しますが、ある値を超えると棒は突然下方向に反った状態に移行します。

 

 横荷重Pの大きさとPの作用した点のたわみをグラフに示します。荷重を増加させていく(青色の矢印)とたわみはa→bに移動し、更に横荷重Pが増加して極大値を越えると、突然cへ移動します。この現象を『飛移』現象と呼びます。
 cの状態から荷重を減少させてゼロに戻すと、d点に移動します。d点から更に上方向に横荷重Pを増加させると、桃色の矢印に従って再び飛移現象が起こって棒は上方向に反ることになります。
 グラフの極大値と極小値の間の部分は、不安定領域であり横荷重Pを制御するような実験では再現できない領域です。


 以上、簡単な構造力学の問題について材料非線形と幾何学的非線形現象を紹介してきましたが、一般的には自然現象の支配方程式(勿論、現象が十分理解されていることが前提です。)の非線形性と、その支配方程式に含まれている状態量の非線形性が相互に関連した非線形現象として現われることになります。時間依存性を含めた、非線形・非定常問題は形式的に次のように書き表すことができます。

{[K]+[K(w)]+[K(t)]}w = P

[K] 定数係数行列
[K(w)] 応答wの関数を要素とする係数行列
[K(t)] 時間tの関数を要素とする係数行列
w 格子点における応答ベクトル
P 格子点における入力ベクトル

  気候予測シミュレーションでは時間追跡過程における各時間ステップの入力Pwと時間tの関数として表されると考えられます。つまり、

{[K]+[K(w)]+[K(t)]}w = P(w,t)

という形の非線形連立方程式として表すことが出来ます。

No.337 (2008/06/21)数遊び そのB

線形系と非線形系

4.線形系

 さて、前回紹介した単純梁の横荷重に対する曲げ問題は、最終的には連立一次方程式の解を求める問題に帰着しました。この問題は厳密には直線梁の線形弾性・微小変形・曲げ問題という分類になります。この問題では、横荷重という入力を受けた単純梁のたわみという出力あるいは応答が、格子点の値の一次式として関係付けられたわけです。
 一般的に、入力と出力の間の関係を一次関数として表せるような場合、その系、ここでは単純梁を線形系と呼びます。単純梁を例に、線形系の特徴を見ておくことにします。

 例えば、前回の単純梁の例の特殊な場合として、梁の中央の格子点x4に横荷重P4だけが作用する場合についてw4の応答をw44と表記することにします。この時、横荷重P4と応答をw44は次の様に表すことができます。

K4・w44 = P4 (K4は比例定数)

 

 図からわかるように、P4とw44の関係は直線として表すことが出来ます。これが『線形』という意味です

 では、線形系の特徴を確認しておくことにします。まず、横荷重とたわみは一次式で表されますから、横荷重が倍の大きさになれば応答であるたわみも倍になります。一般的に、横荷重がa倍になると、

K4・(a・w44) = a・P4

と表すことができます。次に、P4が幾つかの力の和で表せる場合、ここではP4 = (P4)1 + (P4)2だとすると、

K4・(w44)1 = (P4)1
K4・(w44)2 = (P4)2
K4・{(w44)1+(w44)2} = (P4)1 + (P4)2
∴w44 = (w44)1+(w44)2

 つまり、複数の横荷重についての応答は、それぞれの横荷重に対する応答の和として表すことが出来ます。更にこれを拡張すると、格子点x3に横荷重P3が作用した時の格子点x4のたわみをw43とした時、横荷重P4とP3が同時に作用した場合の格子点x4の応答には、次の関係が成り立ちます。

w4 = w44 + w43

 

 これは重ね合わせの原理と呼ばれるものです。線形系では、複数の入力に対して個別に応答を求め、これを足し合わせる=重ね合わせることで全体の応答が求められるのです。

 もし仮に、対象とする自然現象が線形系だとすると、現象を分析的に部分に分割して、その詳細が分かれば、部分を機械的に重ね合わせることによって自然現象全体を説明することができることになります。

No.336 (2008/06/20)数遊び そのA

数値シミュレーションとは何か?

3.モデルの離散的な表現

 何らかの現象(ここでは自然現象にこだわらないことにします。)、を数値的に模倣することを数値シミュレーションと言います。数値シミュレーションを行うためには、対象となる問題の入力と出力の間にある関係を何らかの構成法則、つまり関数関係として表現することが必要になります。

 我々が数値シミュレーションを行うための道具であるコンピューターの扱うことのできるデータ数には限りがあるため、無限の自由度を持つ問題を有限個のパラメーターで表現することが必要になります。

 ここでは最も簡単な例として、変数xで表される1次元の領域について考えます。実際にはxという連続量に対して定義された連続関数Φ(x)を、領域内の離散的な点x1,・・・,xn,・・・という有限個の点についての関数値Φ1,・・・,Φn,・・・で表すことにします。1次元の問題では格子になるわけではありませんが、便宜上これらx1,・・・,xn,・・・のことを格子点と呼ぶことにします。
 ここで重要なのは、区間内の関数値の分布は「滑らか」に変化することが必要だということです。これは微分可能と言い換えても良いでしょう。区間内で激しい変動を示す場合には、誤差が非常に大きくなり、意味のある近似値を得ることができないからです。

 仮に、区間内に特異点=微分値が有限・確定できない点がある場合には、大きな誤差を生むことになります。上の図に示したように、区間内に曲線が折れ曲がった点がある場合や、曲線の勾配が±∞になる場合などがあります。格子点における関数値Φnで表現できる滑らかな曲線を桃色、実際の関数を赤の曲線とすると、大きな誤差が生じることが予測されます。
 また、特異点がなくても、区間内で激しく変動する関数(図下)は一般的に誤差発生の原因になります。前回の例題のsin関数の例からも予想できることですが、対象とする関数の特徴的な発現スケールよりも十分小さな間隔で離散化しなければ誤差は非常に大きくなります。この場合は、格子点間隔を更に細かくすることで大きな誤差の発生を少なくすることができます。

 以上から、モデル化において、もちろん最も重要なのは対象とする現象を正しく表現した構成法則を導くことですが、その上で離散的な数値化という手法を用いることから、現象を表現するのに十分な解像度が必要なのです。また、特異点の近傍では何らかの特殊な手段を用いてこれを取り除いてやることが必要です。

 以上の問題点をクリアーした上で、最終的に離散化された格子点におけるパラメーターを用いて、連立方程式を組み立て、その解を求めることでシミュレーションは実行されます。

 少し抽象的な話しが続きましたので、具体的に簡単な問題について考えてみることにします。私は構造屋なので、馴染み深い構造力学の問題を扱うことにします。ここでは『単純梁』を取り上げることにします。梁とは曲げを受ける棒だと思ってください。

 単純梁とは、水平に置いた棒状の物を、両端点、ここでは格子点x1とx7で支えたものです。x1では鉛直方向と水平方向の移動ができない様にし、x7では鉛直方向の移動ができないようにします。
 さて、この単純梁に力を作用させます。梁を曲げようとする力P(x)のことを横荷重と言います。横荷重を受けた単純梁は曲げられて下向きにたわむことになります。たわみをw(x)と表すことにします。
 力を受けた梁には曲げモーメントという力が生じます。曲げモーメントMは座標値xと横荷重P(x)の関数として表されます。また、曲げモーメントMとたわみwの間の関係は、2階の常微分方程式で次のように表されます。

M=-w”・IE (「”」はxによる2階の微分係数であることを示すとします。)

 IEは曲げ剛性と呼ばれる定数で、棒の曲がり易さを表すバネ定数のようなものです。

 さて、これで準備ができました。横荷重P(x)、たわみw(x)をそれぞれ格子点の関数値P1・・・とw1・・・を用いて表してやり、これを使って梁の微分方程式によって関係付けてやればよいのです。最終的には、P1・・・とw1・・・に関する連立一次方程式を得ることが出来ます。

k11・w1 + k12・w2 + ・・・ + k17・w7 = P1
k21・w1 + k22・w2 + ・・・ + k27・w7 = P2
・・・
k71・w1 + k72・w2 + ・・・ + k77・w7 = P7

ここに、k11・・・は定数係数です。

 実際には離散化の手法は様々です。最も単純で直感的に分かり易いのは差分法と呼ばれる手法です。構造分野では有限要素法という手法が多く用いられます。興味のある方は調べてみてください。

 通常、係数行列を[K]、格子点のたわみを要素とするベクトルをw、格子点の横荷重を要素とするベクトルをPとして、次のように書き表します。

[K]wP

 この連立一次方程式を、w1=w7=0という条件の下に解くことによって、単純梁の格子点のたわみを求めることができるのです。

 以上、1次元の領域を対象とする問題を例に、数値シミュレーションの定式化の流れを見てきました。気象現象のような3次元空間の問題では、領域を表すために3つの座標が必要になります。非定常問題では更に時間軸を含めた4次元空間における離散化が必要になります。
 離散化の流れそのものは変わりませんが、多次元空間における構成法則の定式化はかなり複雑なものになります。モデル化において完全に整合性の成立する場合ばかりではなく、場合によってはある程度矛盾を含む定式化が必要な場合もあるのです。

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