現時点で地球温暖化による脅威は存在しない
これまで見てきたように、19世紀中半に小氷期が終わって以後、20世紀までは太陽活動の活発化に従って、地球環境の気温は上昇傾向を示しました。この現象を地球温暖化と呼ぶのであれば、それは間違いではありません。
現在の気温状態は取り立てて異常ではなく、完新世の中においてさえ、それほど高温な状態でもありません。氷河期にある現在の地球の基本的な温度状態は、相変わらずに太陽の活動によって大枠が決まっているのです。
近年、マスコミや教育、行政によって地球温暖化の脅威が煽られています。『地球はこのままではかつて経験したことのないような高温になって、生態系に致命的な悪影響が起きる』、これは非科学的で感情的な脅迫です。
現在の地球の基本的な温度状態は、おそらく中世温暖期よりも低い状態です。中世温暖期や完新世温暖期に私たちの先祖は既に現在よりも高温の時代を経験し、生き延びてきています。それどころか、完新世の過去の歴史から見ると、例外なく、高温な時期には文明が栄え、寒冷化によって文明が滅びるというのが歴史的な事実です。
温暖な時期には地表面環境(陸、海、大気を含む)の水循環が活発になり、寒冷な地域の減少によって可耕地が増加します。湿潤で温暖な気候、可耕地面積の増加によって農業生産が増大すると考えられます。
反対に、寒冷化すれば水循環が不活発になり、降雨が減少し可耕地が減少します。農業生産は減少し、繰り返し飢饉が発生することになります。
人間社会にとって、現在よりも数℃の高温は歴史的に既に経験してきたことであり、好ましいことです。まして、生態系全体として高温化によって致命的な悪影響が起こることなどありません。
地球史的に見て、生物種の爆発的な増加を示した5億年ほど前のカンブリア紀の平均気温は現在よりも10℃程度も高温だったと考えられています。3億年ほど前の石炭紀の前半は5℃以上高温で、巨大シダ類・鱗木が繁茂していたと考えられています。恐竜が闊歩していたジュラ紀も現在よりも10℃程度高温だったと考えられています。
もう一度確認しておきますが、現在は氷河期であり、南極には厚さ3000mにも及ぶ広大な氷床が広がっており、20世紀後半には南極の気温は低下傾向を示し、南極海の海氷面積は漸増傾向を示しているのです。
むしろ、現時点で危惧すべきことは、本格的に間氷期が終焉を迎えて、長く続く次の氷期の寒冷化がいつ始まるのか、この事態に対して人間社会がどう対応するべきか、ということです。
温暖化による脅威とは人為的な影響による局所的な気温上昇
これまで見てきたように、地球全体としての産業革命以後の気温変動は太陽活動の消長に従って変動しており、取り立てて異常はありません。それでは、一般に言われている20世紀における異常な気温上昇の実体とは何なのでしょうか?確かに、日本の大都市の異常高温は死亡者まで出る重大な問題です。
まず、気象庁のデータから、20世紀の日本の平均気温偏差、世界の平均気温偏差を比較した図を紹介します。
温度勾配と温度のばらつきが大きいのが日本の年平均気温偏差で、小さいほうが比較のための世界の年平均気温偏差です。いずれも気温は全体として右上がりの上昇傾向を示しています。しかし、長期傾向を示す回帰直線の勾配は、世界の年平均気温偏差が0.7℃/100年なのに対して、日本の年平均気温偏差では1.14℃/100年です。日本の年平均気温偏差の勾配は2倍近くの大きな値を示しています。
上図は世界の年平均気温偏差を算定するための主要なデータセットの一つであるNASA/GISS(NASA Goddard Institute for Space Studies )のデータを観測点の人口によってまとめた図を示しています。これを見ると、大都市ほど≒都市が巨大化している地域ほど気温の上昇傾向が高いと考えられます。
上図は、日本の都市の気温変動傾向です。東京では、この100年間で3℃程度(2.9℃/100年)気温が上昇しています。都市化の影響の小さい観測点だと思われる浜田では同じ期間に1℃程度(1.1℃/100年)の気温上昇です。地方の中核都市である福岡の気温は、東京と浜田との間の値(2.4℃/100年)を示しています。
浜田の気温変動は20世紀の太陽活動の変動傾向とよく同期しているようです。産業革命以降−20世紀中盤まで上昇傾向を示し、その後1970年代に低下傾向をした後、2000年頃まで再び上昇傾向を示し、その後は低下傾向を示しています。
これに対して、東京や福岡の気温の変動傾向は単調な上昇傾向を見せています。これは大都市では太陽活動の変動よりも都市環境の特殊性の影響のほうが強いことを示していると考えられます。
以上から、20世紀の人為的な影響による異常な気温上昇の正体とは、都市化、あるいは人為的な環境改変によるによる局所的な気温変動だと考えられます。
南極氷床コアの分析から見た20世紀後半の気温変動傾向
前回触れた通り、完新世の地球の全般的・長期的な気候変動の中において、現在がどのような状態にあるのかを定性的に把握するためには、古気候の復元で用いた試料から得られた情報と、質的に互換性のある情報を利用しなければ意味のある情報にはなりません。産業革命以降については人為的な環境改変の影響を受けていないデータを慎重に採取する必要があります。
ところが、近年の気象学者の多くは政治的な要請によって、殊更に20世紀の気温上昇を際だたせるために科学的な正確さを放棄しているようです。それどころか、Climategate事件で明らかになったように意図的なデータの捏造や偏ったデータの使用を行っている始末です。
客観的で人為的な影響の少ないデータとして、ネット上で比較的手に入れやすい情報として、氷床コア分析による気温変動について、もう少し紹介しておきます。
上図は、北半球グリーンランドの氷床と南極の氷床の試料を分析して、酸素の同位体である18Oの同位体比率δ18Oを求めた図です。δ18Oは気温を推定するための指標です。δ18Oの値が大きいほど気温は高いことを示しています。
同じ氷床の試料ですが、北半球と南半球では細部の違いが見受けられます。一般的に、北半球のほうが気温変動が大きいようです。これは、おそらく北半球の陸地面積が大きく、陸地と海洋が入り組んでいることと関連しているのではないでしょうか。
例えば、前の氷期の終盤に、北半球では一旦気温が上昇した後に急激に寒冷化したヤンガー・ドライアス期という急激な寒冷化があったとされています。この現象の有力な説として、陸上氷河が溶けた冷たく軽い水が北大西洋に流れ込み海上を覆い、暖流が北に遡上できなくなったからだと考えられています。
このように、気温を推定する試料の採取地によって特殊性があるため、地球全体の気温変動の性状を把握するためには、複数の安定したデータが必要です。高緯度地域については、北半球ではグリーンランド氷床、南半球では南極氷床のデータがあります。更に、中緯度や低緯度でも安定したデータを得られる試料の分析が必要です。
南極Vostok基地で採取した氷床コア分析によるδ18Oの値から再現された完新世の気温変動を紹介しておきます。
Vostok基地の氷床コアの分析の範囲で、著しい気温の上昇傾向は見えません。前回紹介したSouth Pole基地の気温の実測データを再度掲載しておきます。
このデータから、少なくとも南極中心部では、20世紀後半には気温は低下傾向を示していると結論付けることが出来ます。
Vostok基地の氷床コアの分析から復元された完新世の気温変動と観測データの間にデータの欠損した時期がどれほどあるかは不明ですが、少なくとも、Mann氏のホッケースティック曲線で示されるような20世紀後半の急激な気温上昇は認められません。
地球温暖化の脅威が叫ばれて久しくなりますが、それを象徴するショッキングな映像として南極の棚氷の先端が崩落する映像が繰り返し流されていますが、棚氷の先端が崩落することはごく普通の出来事です。観測事実から考えれば、南極氷床が大きく後退するとは考えられません。南極海では、下図に示すように、海氷面積も増加しています。
以上から、少なくとも南半球高緯度地域では、20世紀後半は寒冷化していると結論してよいでしょう。
20世紀の気温変動も太陽活動に支配されていた
これまで見てきた事実から、20世紀の地球の全般的な温度状態は、
@小氷期から脱出して、少なくとも小氷期よりは高温で推移した。
Aグリーンランドで農耕が出来るほど高温ではないので、中世温暖期の最高温期よりはまだ低温だと考えられる。
20世紀の黒点周期は11年前後で変動していました。小氷期の最も寒い時期は14年周期でした。中世温暖期の最盛期では9年以下の周期でした。太陽放射の指標である太陽黒点周期は、短いほど太陽活動は活発で気温が高く、長いほど不活発で気温が低いという対応関係は、現在も整合性を持っています。
したがって、産業革命−20世紀−現在の地球の全般的な温度状態も、過去の完新世の気温変動と同じように、主に太陽活動・太陽放射の強さによって変動していると考えて良いでしょう。
註)この図に示している14C(折れ線)は、屋久杉の年輪に含まれる質量数14の炭素の同位体比率です。14Cの値が大きい時には太陽活動は低く、小さい時には太陽活動が高いことを示します。したがって、14Cの増減の周期によって太陽黒点周期が分かります。14Cと気温は逆相関関係になります。
ただし、産業革命以後、特に第二次世界大戦以降は、世界的に人為的な開発が行われた結果、局所的に人間活動が地球環境に大きな影響を与えている地域では、その影響を無視できなくなっています。その結果、近年の気象観測によって得られた気温データにはその影響が現れています。この問題は後で詳しく見ることにします。
名古屋産業大学のグループは、標準的な気温観測のデータセットから、人間活動の影響を排除する試みとして、比較的人口の少ない地域に設置された観測点の気温データセットを取り出して、人為的な影響を受けていない地球の基本的な気温変動傾向を推定しています。
これを見ると、大気中のCO2濃度が単調に増加しているのに対して、気温はそれに対応しているとは言えません。この図で特徴的なのが、標準的な気温変動の図に比較して、2000年以降に急激な気温低下傾向が現れていることです。これはこの連載でも既に触れましたが、2000年頃から太陽活動が急速に不活発になってきたこととよく対応しています。
この気温変動を太陽活動の指標の一つである太陽黒点数の観測値に重ねてみたのが次の図です。
産業革命以後、20世紀中頃にかけて太陽活動は活発になります(第1期)が、その後1970年台に一旦活動が弱くなり(第2期)ます。ちょうど第二次世界大戦が終わった頃から寒冷化し始め、1970年台には北極海の海氷面積が異常に拡大し、地球が氷期に向かうのではないかと心配された時期です。
1980年台には再び太陽活動が活発になり気温は上昇傾向を示し(第3期)ました(この頃政治的な意図の下で人為的CO2地球温暖化脅威説が登場しました。)。
そして20世紀が終わる頃から太陽活動が極めて不安定になり、太陽黒点数の激減、太陽黒点周期が12年を超え、太陽活動が不活発になり、それにともなって気温も低くなっている(第4期)というのが現在の地球の姿です。
結論として、産業革命−現在の期間の地球の温度傾向も、太陽活動によって支配されているということが出来ます。
以上を総合すると、IPCC1990年の気温復元図の気温変動が定性的に合理的であると考えます。10000年スケール、1000年スケールの復元図を再掲しておきます。
気温偏差は気温変動の傾向を示す指標
前回見たように、氷河期にある地球の気温は、熱エネルギーの主要な供給源である太陽の活動の活性度によって大枠が決まっていることが分かりました。
過去の気温変動の復元は例えば樹木、サンゴ、万年氷、海底・湖底堆積物、永久凍土などの試料を様々な手法で分析することによって推定されています。
これまで紹介してきた完新世の気温変動は、いずれも気温そのものではなく、気温偏差によって表されていることに注意してください。
気温は、地球上の場所、季節によって大きく変化します。そのため、地球の平均気温は何℃なのか?という、単純だと思われる疑問に応えることは、実は簡単なことではありません。現在の地球の平均気温は15℃程度と言われていますが、厳密にはわからないとしか答えようがありません。
そこで、絶対的な気温ではなく、相対的な指標を使うことで、地球が暖かくなっているのか寒くなっているのかという傾向を表すことが現実的な方法です。その一つの指標が気温偏差です。気温偏差とは、ある気温観測点において、基準となる気温を決め、その基準となる気温と実際に観測された気温の差のことです。
例えば観測点Aの9月の基準となる月平均気温を23℃とします。観測点Aの実際の9月の平均気温が22℃だったとすると、観測点Aの9月の月平均気温偏差は−1℃ということになります。また、別の観測点Bの9月の基準となる月平均気温を15℃とします。観測点Bの実際の9月の平均気温が17℃だったとすると、観測点Bの9月の月平均気温偏差は+2℃ということになります。このとき、9月は観測点Aは寒かったけれど観測点Bは暖かかったといえます。
また、観測点Aの10月の基準となる月平均気温を18℃とします。観測点Aの実際の10月の平均気温が19℃だったとすると、観測点Aの10月の月平均気温偏差は+1℃ということになります。観測点Aは9月は寒かったけど10月は暖かかったということが出来ます。
このような気温偏差を用いることで、季節や観測点の場所の違いにかかわりなく、基準となる気温に比べてどの位暑かったのか寒かったのかを数値化して比較することが出来ます。気温偏差を時系列にそって調べることで気温の変動傾向を示すことが出来ます。
古気温の復元では、ある場所で採取した試料を年代を特定しながら分析を行うことである基準年に対して相対的に温度が上昇したのか低下したのかを判断します。気温を直接計測するわけではありませんから、温度と試料に含まれる気温を特定するための対象物質の含有率の関係などから、間接的に温度変化を推定するしか無いため、誤差を排除することは出来ません。
試料を採取した場所の環境的な特殊条件があるため、異なる場所、異なる手法で再現された気温偏差の絶対値を直接比較すること、異なる試料からの推定値を部分的に繋ぐには問題があるでしょう。
木に竹を接ぐホッケースティック曲線
Mann氏のホッケースティック曲線をご存じの方も多いのではないでしょうか?地球の平均気温が20世紀に急上昇している証拠として2001年のIPCC報告に掲載された図です。
1990年のIPCC報告に掲載された古気温復元図とは似ても似つかないものでした。完新世の気温変動イベントとして重要な1000年ほど前の中世温暖期(Medieval
Warm period)や、完新世で最も寒冷であった14世紀半ばから19世紀半ばまで継続した小氷期(Little Ice
Age)がMann氏の気温復元図では見事に消されてしまいました。
このMann氏による気温復元図は、特定の試料に対する分析から得たものではなく、既存の数々の気温復元図を統計的に処理して求めたものです。Mann氏の気温復元図は、それまでの完新世の気温復元図とあまりにもかけ離れているために、恣意的なデータの選別や改竄、統計処理のミスなどが取り沙汰されています(詳しくは、横浜国大の伊藤公紀氏や東大の渡辺正氏の論考を参照してください。)。
そこで、Mann氏の使用した既存の気温復元図を使って正しく統計処理した場合の気温復元図を次に示します。
これによると、Mann氏のホッケースティック曲線では消えていた中世温暖期と少氷期の気温差が明瞭に分かります。
Mann氏のホッケースティック曲線は、意図的ないし統計的なミス等によって作られたものであり、論外ですが、たとえまともな統計処理をしたとしても、既存の気温復元図相互の互換性の問題、変動幅の絶対的なスケールなどについて疑問が残ります。
例えば上図に示すMarcott氏の完新世の気温復元図も既存の複数の気温復元図に対して調和平均を取るなどして作成されたものですが、ヒプシサーマル期の最高気温と小氷期の最低気温の差は0.7℃程度です。
完新世のヒプシサーマル期と小氷期の気温差は2-3℃程度あるいはそれ以上としている気温復元図は少なくありません。また、グリーンランドのボアホールの実測値では3℃程度です。
このように気温復元図相互には気温差の絶対値には大きなばらつきがあるため、単純に平均処理を施して平滑化して温度変化の絶対値を求めることには疑問が残ります。
更に、IPCC2001年のホッケースティック曲線や上図のように、平滑化され、気温変動の振幅が小さくなっている統計処理された過去の気温復元曲線に、赤の実線で示した近年の人為的な環境の影響を強く受けている気温観測値を一つの図に記入することは、全く異質のデータをつなぎあわせたものであり、地球全体の気温変動の傾向を示すデータとしての信憑性は著しく低いと言わざるを得ません。
予備知識無しに上図を見れば、現在は完新世で最も高温なのだと読めます。しかし、歴史的な記録から1000年ほど前の中世温暖期ではバイキングがグリーンランドに入植して農耕(牧畜?)していたこと、ヒプシサーマル期はその中世温暖期よりも遥かに高温であったと考えられる事をから、現在がヒプシサーマル期よりも高温であるとは到底考えられません。
現在を含めた気温の変動傾向を表すのであれば、出来る限り人為的な影響の少ない地点の気温変動を用いる、古気温の復元に用いた試料や分析方法を用いて現在の気温を推計するなど、古気温復元による気温偏差と質的に近いデータを使用すべきでしょう。
例えば、人為的な影響の少ないデータとして、南極のアイスコアの分析による気温復元曲線に南極の気温観測値を接続するのであれば、比較的信頼性は高いと考えられます。下図に、EPICAとVostokの2箇所の氷床アイスコア分析による重水素(D=2H)の同位体比率の分析値を示しておきます。δDは気温の指標です。
次に、南極の昭和基地とSouth Pole基地の気温観測値を紹介しておきます。
南極では20世紀の後半は気温は低下傾向にあり、少なくとも急激な気温上昇という傾向を読み取ることは出来ません。
地表面環境に供給されるエネルギー
私たちの生活している地表面付近の環境を決める第一の要素は、どれだけの熱エネルギーが供給されているのか?という問題です。既に触れましたが、地表面に供給される時間あたりの熱エネルギーの大きさが気温を決めます。
現在は氷河期です。つまり、上部マントルから地表面環境に供給される熱エネルギーは小さいということです。では具体的にどの程度のエネルギーが供給されているのか確認しておくことにします。Wikipediaによりますと、地熱の総量は約35TW(テラ・ワット)=35×1012Wです。地球の表面積は半径を6371kmとすると510064471km2です。地表面単位面積あたりの仕事率は、
35×1012W÷(510064471×106)m2=0.068W/m2
です。これに対して、太陽からのエネルギーは、地球の位置で太陽光に垂直な面について、約1366W/m2程度です。地球表面がこれを均等に受けるとして平均的な仕事率は、
1366W/m2÷4=341.5W/m2
程度です。
以上から分かるように、氷河期の気温は、主に太陽から供給されているエネルギーによって決まることになります。
完新世の太陽活動と気温変動
では、具体的に太陽活動と地球の気温がどのように関連しているのかを、古気候の研究から紹介することにします。
太陽の放射強度は一定ではなく絶えず変動しています。太陽の活動は太陽黒点数や黒点数の増減の周期と密接に関連しています。次に示す図は、太陽の黒点数の記録から、過去の太陽放射強度の変動を推定したものです。
図に示すマウンダー極小期とダルトン極小期は、太陽の黒点数が異常に少なくなった時期であり、太陽活動が不活発であった時期です。この時期は小氷期の時期に含まれています。
この時期の古気温曲線を次に示しておきます。
δ14Cは質量数14の炭素の同位体です。δ14Cが多いときは気温の低い時期、少ないときは気温が高い時期に対応します。
最近の太陽放射強度と気温の関係はどうなっているのかを紹介しておきます。
太陽活動と太陽黒点数の変動周期にも強い相関関係があります。周期が短い時には太陽活動は活発で、長い時には不活発になります。この点に着目した観測結果を次に示します。
太陽の黒点周期は、樹木の年輪に含まれている炭素同位体14Cの量を測定することで正確に推定することが出来ます。屋久杉の分析結果を次に示します。
最近100年間程度の黒点周期は11年前後の周期で推移しています。中世温暖期では9年程度の周期で変動していたことから、現在よりも高温であったことが分かります。
上図は太陽黒点数の観測データです。西暦2000年までは黒点周期が10年程度と短い状態であり、太陽活動は活発でしたが、2000年以降は極端に黒点周期が長くなり、黒点数も非常に少なく不安定になりました。もしかすると黒点極小期に入るのではないか、寒冷化が進行するのではないかと心配されています。
産業革命から20世紀までの気温変動
産業革命が本格化して西欧で広く工業生産が開始されたのは19世紀初頭だと考えられます。ちょうどその頃、14世紀半ばから続いていた完新世の中で最も寒冷な時期=小氷期が終りを迎えました。その後太陽活動は次第に活発になり、地球の気温は次第に上昇しました。
つまり、産業革命後から20世紀末まで続いた気温の上昇傾向とは、太陽活動が極めて不活発であった時期を脱して次第に太陽活動が回復する過程に対応した気温の上昇だったのです。その上昇の傾向は、これまで見てきたように、過去の地球上で起きた気温変動に比較して特異なものではなく、太陽活動と気温との関係を逸脱するようなものではありません。
現在は小氷期からの気温回復期
完新世とは、地球の地質年代を表す現在を含む最も新しい時代の呼称です。約1万年ほど前に最後の氷期が終わって間氷期に入りました。この1万年ほど続いている氷河期の中で比較的暖かい間氷期を完新世と考えればよいでしょう。現在に続く氷河期の中の間氷期=完新世の気温の変動傾向を見ておくことにします。
約10000年前に最終氷期が終わり、その後急速に気温が上昇しました。その後一旦寒冷化したようですが、その後6000年前ころを中心に気温の極大期が現れます。これを完新世温暖期、ヒプシサーマル期、あるいは気候最適期などと呼んでいます。
この時期は古代の4大文明が相次いで現れた時期です。温暖な気候は農耕文明を発達させたと考えられます。日本でも縄文文化の最盛期を迎えます。
その後また寒冷化した後に、紀元2,3世紀ころにはローマ帝国が繁栄した暖かい時期がありました。その後の寒冷化によってローマ帝国は滅亡します。
1000年ほど前には中世温暖期があり、航海術に長けた北欧のヴァイキングが活躍しました。温暖な気候に恵まれ、北はグリーンランドへの入植、西は北米大陸、南は地中海一円まで航路を伸ばし、時に海賊行為を行うこともあったようですが、盛んに交易を行いました。この時代、イギリスでもワインが盛んに生産されたようです。日本では平安時代、温暖で農業生産が順調で平穏な時代であり、文化の爛熟期を迎えました。
その後全世界的に寒冷化が進み、完新世で最も寒冷な時期であった小氷期(14世紀中盤-19世紀中盤)を迎えます。イギリスではテムズ川が結氷し、ヨーロッパでは飢饉が頻発し、ペストが蔓延しました。日本でもこの時期(江戸時代)には飢饉が頻繁に起こりました。
19世紀半ばに小氷期が終わり、その後20世紀まで気温が上昇しました。
この完新世の気温変動をグリーンランドの凍土の中に確認することが出来ます。凍土に掘った縦穴=ボア・ホールの温度を計測することで完新世の気温変動が見事に再現されています。
グリーンランドのボアホールの観測結果を見ると、現在(右端)に比較してヒプシサーマル期は3℃程度、中世温暖期では2℃程度高温であったことが分かります。
4000万年前から現在まで続いている氷河期
前回の後半に固体地球の進化・変動と地球の表面環境の温度の基本的な関係を紹介しました。現在推定されている気温変動の概略を次の図に示します。
図の気温曲線が水色の範囲にあるときは、気温が低く極冠や高緯度地域に氷河が発達している時期=氷河期であることを示しています。これを見ると現在(右端)は地球史的に見ると寒冷な氷河期にあることが分かります。南極大陸には厚さ数1000mに及ぶ氷床があり、北半球でも北極海の海氷や高緯度地方には氷河があります。
同様の図をもう一つ紹介しておきます。
現在の氷河期は、4000万年ほど前から南極で極冠が成長し始めたことで始まり、300万年ほど前からは北半球でも氷床が発達し始め、次第に寒冷化が進んでいます。
100万年ほど前からは気温の変動幅が大きくなり、概ね10万年程度の周期で寒冷な氷期と比較的暖かい間氷期が繰り返されています(ミランコビッチ・サイクル)。
次に示す図は、南極のアイスコアの成分分析から得られた最近80万年間の大気中のCO2(二酸化炭素)濃度、気温偏差、CH4(メタン)濃度の変動を示しています。
現在(右端)は、1万年ほど前に最終の氷期が終わり、氷河期の中では幸いに比較的暖かい間氷期にあります。
全般的な傾向として、氷河期が継続し気温は低下する
では、今後の地球の気候はどのような変化をするのでしょうか?マントルオーバーターンが起こらないかぎり、上部マントルの温度が上昇することはなく次第に低くなると考えられます。つまり、現在の氷河期はかなり長期間続き、全般的な傾向として次第に寒くなると考えられます。
マントルオーバーターンが起こる可能性があるのは、現在のアジア大陸を中心とする次の超大陸“アメイシア”が分裂を開始する時ですが、それは2.5億年ほど先になると推定されています。
あるいはそれ以前に部分的なマントルオーバーターンが起こるかもしれませんが、今のところ予測できません。
マントルオーバーターンが起こると気温の急上昇、激烈な火成活動が起こることになり、地球の表面環境は激変します。過去の地球の歴史において、マントルオーバーターンによって、生物種の大量絶滅と新たな種への入れ替えが起こっています。
あるいは、上部マントルに吸収される海水の減少、上部マントルの流動性の低下によってマントルオーバーターンが起こらず、7億年ほど前のスターティアン=マリノア氷期のように地球表面全体が氷河で覆われてしまい(スノーボール・アース)、生物種が絶滅することになるかもしれませんが、これも今のところ予測できません。
現在広く信じられている「人為的なCO2の放出による付加的な大気の温室効果によって気温が上昇して、生態系に致命的な悪影響を及ぼす」という仮説を、マスコミ用語として“地球温暖化”と表現していますが、これは混乱を招くので、この連載では『CO2温暖化仮説』と呼ぶことにします。
CO2温暖化仮説では、「このまま対策を取らなければ、地球環境はかつて経験したことのない温度上昇によって、生態系に致命的な悪影響を及ぼす」と脅迫しています。この主張に対する理論的な評価はもう少し準備が整ってから行うこととして、今回は、46億年の地球環境の温度変化について紹介することにします。
原始地球の誕生から原始海洋の誕生
地球はおよそ46億年前に出来たとされています。地球は、太陽系の主星である太陽の周りに渦巻いていた塵や氷の微小な粒子が次第に引きつけ合い、合体しながら次第に大きな塊となり、その岩塊がさらに衝突を繰り返して惑星サイズにまで成長したものです。猛烈なスピードで移動していた岩塊の運動エネルギーは衝突によって熱エネルギーに転化しました。その結果、原始地球は全体がドロドロに溶けた状態になりました。これをマグマオーシャンと言います。
出典/生命と地球の歴史 丸山茂徳・磯崎行雄 著 岩波新書
マグマオーシャンとなった地球では、重力によって構造の分化が起きました。マグマオーシャンを構成する物質の内、重たい鉄が原始地球の中心部分に沈み、地球の半径の半分程度の大きさの核ができました。その外側に比較的軽い岩石層=マントルになりました。更に、揮発性の物質がマグマオーシャンから分離することで、水蒸気と二酸化炭素を中心とする数100気圧という途方も無い厚さの原始地球大気が出来ました。マグマオーシャン=原始地球の表面温度は1000℃を遥かに超える高温でした。
註)原始地球大気の水蒸気の分圧
現在の海水総量は13.8億km3程度です。海洋ができてから現在までに海水量の10%程度が上部マントルに吸収されたとすると、地球が誕生した当初の原子地球大気に含まれていた水の量は概ね13.8÷0.90×1017≒1.5333×1018m3程度です。地球の表面積は5.1×1014m2程度です。したがって、原始大気に含まれていた水蒸気の分圧は
1.5333×1018m÷5.1×1014m2≒3006m≒300気圧
原始地球は原始大気の激しい対流運動を介して地球内部の熱を宇宙空間に放出し続けました。マントルの表面付近の軽い部分が固化し始め、地殻ができました。原始地球大気の中で、水蒸気は大気上層で熱を放出することで冷却され、氷の粒や水滴となって地表面に向かって落下しましたが、途中で再び水蒸気となり大気中を上昇しました。43億年ほど前にマントルが全て固化したと考えられています。
数億年間が経過した後、地球の表面温度が下がり、ついに水滴が再び水蒸気となる境界面が地表面にまで到達しました。そして、およそ40億年ほど前に大規模な原始海洋が出来ました。この過程で、原始大気中の主要成分であった数100気圧分の水蒸気が水となって取り除かれ、同時に雨水に溶け込んだ二酸化炭素が原始大気から取り除かれることで、大気は急速に薄く透明になりました。
出典/生命と地球の歴史 丸山茂徳・磯崎行雄 著 岩波新書
このようにして、中心から核→マントル→プレート・地殻→海→大気という現在と同じ階層構造を持つ地球が出現したのです。大陸はその後の固体地球の進化の過程で出現することになります。
出典/生命と地球の歴史 丸山茂徳・磯崎行雄 著 岩波新書
固体地球の進化と気温変化
地球は下図に示すように、その誕生の時に持っていたエネルギー=熱を宇宙空間に放出しながら、一方的に冷却を続けています。
出典/プルームテクトニクスと全地球史解読 熊沢峰男・丸山茂徳 編 岩波
ただし、地球には階層構造が存在するため、放熱は単調ではなく、急激に放熱が進む時期と放熱の小さい時期があります。
平穏な時期には、マントルは上部と下部の2つの層に分かれて対流しています。上部マントルは地表面から放熱することで熱を失うために下部マントルに比較して低温になります。
ある特殊な条件になると、マントルの対流パターンが2層から1層に変化して低温の上部マントルと高温の下部マントルが入れ替わるマントルオーバーターンが起こります。この時、上部マントルの温度が急上昇するため地表面からの放熱が大きくなります。
では地球表面の環境温度=気温はどのように変化するのでしょうか?気温は地球の単位時間当たりの放熱量に比例すると考えられます。したがって、上図に示す地球の内部熱が急激に減少する時期=単位時間当たりの放熱量が大きい時期に気温が高くなると考えられます。マントルの対流パターンの変動は地球の表面環境にも大きな影響を与えます。
出典/プルームテクトニクスと全地球史解読 熊沢峰男・丸山茂徳 編 岩波
図4と5を比較すると、下部マントルと上部マントルが入れ替わり、上部マントルが高温になって地球の内部熱が急速に放出される時期には、同時に造山帯の形成量が急速に大きくなることが分かります。これにともなって火成活動も激しくなります。
出典/プルームテクトニクスと全地球史解読 熊沢峰男・丸山茂徳 編 岩波
上部マントルと下部マントルの入れ替わりが起こる前は、上部マントルが最も冷たい状態であり、地球の表面環境は氷河期になることが分かります。
天木直人氏のメールマガジンから最近の国会を巡る重大な動きを紹介しておきます。
天木直人のメールマガジン2015年10月12日第837号
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思いやり予算特別協定作りに関する日米交渉から目を離すな
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私は知らなかったのだが、日米の外務・防衛当局がこの7月から思いやり予算に関する新たな特別協定づくりの交渉に乗り出したというのだ。
なぜならば2011年に結んだ現行協定の期限が来年(2016年)3月末に切れるからだ。
だから2016年度予算案を編成する今年の12月末までに、今後5年間の思いやり予算の水準についてどうしても結論を出す必要があるのだ。
その事をきょう10月12日の日経新聞の記事が教えてくれた。
私が驚いたのは、その日米交渉にける日米双方の立場の大きな開きである。
すなわち日本側は現行水準(15年度で1899億円)から減額することを提案したが、米国は3割も増額要求しているという。
とんでもない話だ。
しかし、もっととんでもないのは、減額を主張する財務省に対し、外務・防衛両省が、日米協力関係に水を差しかねないとして反対していると書かれているところだ。
とんでもない外務・防衛両省の対米従属ぶりだ。
このままでは米国は減額を認めないだろう。
米国の財政状況が許さないからだ。
そして外務・防衛官僚の言いなりになっている安倍首相は、最後は外務・防衛官僚の主張に従う事になる。
財政赤字に直面しているのは日本も同じだ。
しかし安倍首相は日本国民の犠牲よりも日米同盟強化を優先するのである。
その結果、減額さるべき思いやり予算が増額されるとすれば、これほど本末転倒な事はない。
我々は、今後5年間の思いやり予算を決める「思いやり予算特別協定」の交渉の行方から目を話してはいけない。
メディアはその交渉状況を詳しく報道して国民に知らせるべきである(了)
天木直人のメールマガジン2015年10月15日第844号
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打倒安倍の熱気をすべてぶち壊した民主党は消え去るのみだ
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あれほど盛り上がった「アベ政治を許さない」の熱気が急速にしぼんでしまったごとくだ。
そのすべての責任は岡田・枝野の民主党にある。
共産党が清水の舞台から降りるつもりで呼びかけた国民連合政権のバチになぜ即座に、大きく、響かなかったのだ。
なにが「われら保守本流だ」
安倍政権を倒すのに保守も革新もない。
あるのは立憲主義否定の暴政をこれ以上許さないという世論の叫びを、政治に生かすことだろうが。
TPP臨時国会をなぜ本気になって開こうとしない。
なにが憲法53条だ。
衆院か参院のどちらかの4分1以上の議員の要求があれば臨時国会の召集を決定しなければならないだって。
そんな法律論を、法の支配を公然と否定する安倍政権に持ち出して通用すると思っているのか。
臨時国会の召集は、あくまでも政治の力で勝ちとらねばいけない。
政治の力で、安倍首相を国会に引きずり出す気迫がなければ、安倍首相には勝てない。
だから読売新聞に見透かされるのだ。
「民主党内には、政府が臨時国会の召集に最後まで応じない事を見越し、『憲法を大事にしない政府だと世論に訴えることができれば、それで十分』とする、あきらめムードも漂っている」(10月14日読売)と。
極めつきは民主党と維新の会との連携協議だ。
両党が連携協議会で掲げた主要6項目の中には憲法擁護の言葉はどこにも見当たらないという。
憲法擁護を最優先にしないでどうして打倒安倍が叫べるというのか。 そのような民主党が、野党第一党として打倒安倍の野党団結の先頭に立つという。
冗談ではないのか。
ここまで行き詰まっている安倍政権の延命を手助けしているのは民主党だ。
打倒安倍の熱気をすべてぶち壊した民主党は、こんどこそ消えてなくなるしかその存在意義はない(了)
天木直人のメールマガジン2015年10月15日第845号
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辺野古移設は米軍再編のためだと本音を口走った米国政府
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ついに翁長沖縄県知事が辺野古埋め立て承認の取り消しを宣言した。
想定されていた事とはいえ、やはりこの宣言は衝撃的だ。
安倍政権と翁長知事の沖縄の対立は決定的なものになったわけだ。
これからは、安倍政権とそれに加担した大手メディアによる強烈な翁長潰しの世論工作が行われるだろう。
いや、もうすでに始まっている。
沖縄は辺野古反対の声ばかりではない。
ここまで日本政府と正面衝突し、不利な立場に追いやられるのは心配だ。
そういう声が沖縄県民の中から出始めた。
これからどんどんとそのような報道が目立つようになる。
翁長知事はそれに負けてはいけない。
我々は安倍政権の情報工作を見抜き、翁長知事に援護射撃をしなければいけない。
そんな中で、米国政府が見逃せない失言をした。
すなわち、米国政府は翁長知事の承認取り消しに反対の立場を表明したというきのう(10月14日)のテレビ報道の中で、わが耳を疑う言葉を私は聞いた。
辺野古移設は米軍再編にとって不可欠であると言ったのだ。
一瞬に耳にしたニュースだったので、どこの局のテレビ報道であったか、誰が、どのような表現でそれを語ったかは、正確な記憶はないが、間違いなくそう語ったと報じられた。
それを確認しようと今朝(10月15日)の朝刊を見比べたが、どこも報じていない。
わずか東京新聞だけが一段の小さな記事で次のように報じていただけだ。
すなわち、米国務省のトナー副報道官は13日の記者会見で、記者団から問われて、「辺野古への代替施設建設は、日米の長年の取り組みの意義ある成果だ。日米政府は引き続き辺野古移転に取り組んでいく」と。
一言も米軍再編の為という言葉はない。
しかし、テレビの報道では確かに米軍再編のために必要だと、語ったと聞いた。
それは米国防総省の報道官の言葉だったのだろうか。
もし読者の中に私が耳にした報道を探し当てた方がおられたら、是非教えてほしい。
それが事実なら、翁長知事に対する強力な援護射撃になるからだ。
辺野古移設は、沖縄や日本の安全のためではない。
米軍再編のために建設されるのだ。
そう米国自身が本音を口を滑らせたということだ。
こんな移設をどうして日本の巨額な負担で日本がつくらなければいけないのか。
そう日本国民が知れば、沖縄ならずとも辺野古移設はとんでもないということになる(了)
天木直人のメールマガジン2015年10月15日第846号
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国会議事録まででっちあげた安倍政権と舐められた野党
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信じられない事が国会で起きている。
先の安保法案強行採決に関する議事録が、安倍政権の手ででっちあげられていたというのだ。
すなわち、あの国会の最後の場面では、怒涛の中で強行採決を宣言する議長の声はなかった。
ところが国会議事録では、採決を宣言する鴻池委員長の発言を「聴取不能」とした上で、「可決すべきものと決定した」と付け加えていたというのだ。
考えられない改ざんだ。
いや、改ざんではない。
完全なでっちあげだ。行われなかった事を行われたと記録した。
国会議事録は国会の審議状況を末代まで残す、いわば国会の生き証人である。
だからこそ、その記事録は忠実に書かれ、国会答弁で間違った答弁をしても、そのまま再現される。
いくらなんでもそれは明らかな言い間違いだ、恥ずかしいと、事後に訂正する場合でも、与野党の了承を得て行われなければいけなかった。
私がまだ駆け出しの時、政府委員に間違った答弁をさせ、あとでその訂正の為に政府委員と一緒になって与野党の委員に頭を下げて回った事がある。
政争とはまったく関係のない単純なミスでさえそうだった。
そんな私にとって、この報道は驚きだ。
単純ミスではない。
強行採決という政治的対立の根幹にかかわる問題である。
しかも記録間違いではない。
完全なる意図的ねつ造である。
委員長の採決宣言が無かったとなると強行採決さえもなかったということになる。
これは大変だということになって、ありもしない事を記事録に書いて残そうとしたのだ。
ついに安倍政権は、安保法案の強行採決をここまで正当化しようとしたのだ。
これは横暴どころではない。
もう政権の断末魔ではないのか。
それにしても情けないのは、こんな事をさせた野党の体たらくだ。
野党が健在なら、安倍政権もこんなでっちあげは出来なかっただろう。
バレタあとの反動が怖いからだ。
安倍政権も野党の抗議も、まるで緊迫感が無い。
メディアも大騒ぎをしない。
政治不在、国会不毛も、ここに極まれりである(了)
前国会の終盤に空前の盛り上がりを見せた立憲主義・民主主義の復権を求める国民世論に対して、背を向ける民主党や維新の党には最早何も期待できないようです。来夏の参議院選挙によってファシスト安倍売国政権を政治的に追い詰めることは、最早絶望的な状況です。
娘が大分県立別府鶴見丘高校に通っていた期間、保護者として関わった問題についてこのコーナーでも触れてきました(詳細は、大分県の高校,PTA,教育委員会の諸問題を参照してください。)。
そもそもの始まりは、娘の通った高校の使用する教科書や副教材に取り上げられていた環境問題、特にオゾンホール、地球温暖化と新エネルギーに関する記述に、非科学的=自然科学教育である理科教育の内容や観測事実と論理的に矛盾する内容があることを知ったからでした。自然科学的な思考方法や基本的な事項を教育すべき中等教育の最終段階において、自然科学的に説明のつかない事柄を論理的な説明もなく、国家政策の要請によって誤った知識を刷り込んでいたのです。
その後、このHPでは、高校の理科教育の範囲で環境問題、特にオゾンホールや気候変動・温暖化について、自然科学的に正しい情報を提供するために、『高校生の環境講座』としてまとめました。
さて、話は変わって、11月30日から12月11日にパリで第21回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP21)が開かれ、2020年以降の地球温暖化対策の次期枠組み(ポスト京都議定書)での合意をめざしています。
これは、極めて自然科学的に信憑性の低い、いやはっきり言えば、全く自然科学的に誤っている「産業革命以後に人為的に大気に排出された二酸化炭素による付加的な温室効果で気温が上昇して、地球環境に空前の致命的な悪影響を及ぼす」という、事実に反する荒唐無稽なフィクション、虚像の上に組み上げられた近年の温暖化論に基づいて、2020年以後の二酸化炭素排出量の枠組みを定めることを目的に開催されるものです。
このHPのスタンスは、温暖化防止のために人為的な二酸化炭素排出量を減らすなどという愚かな考えから策定された国連気候変動枠組み条約を一日でも早く廃して、冷静に環境問題を考えるべきだと言うものです。
おそらく、世界中の多くの自然科学者は人為的二酸化炭素地球温暖化仮説が誤りであることは承知しています。この点については東京工業大学の丸山茂徳教授の『科学者の9割は「地球温暖化」CO2犯人説はウソだと知っている』(宝島社新書)にある通りです。
しかし、先進国の先端技術によって成り立つ産業は、人為的二酸化炭素地球温暖化仮説によって、本来必要のない高額商品を販売することで大儲けすることを目論んでおり、先進国政府はその意向にそって国家政策を立案し、大学や研究者はその国家政策に見合う研究をすることで大きな研究費を獲得することが出来るために、口をつぐんでいるのでしょう。
その結果、大衆はこうした企業を肥え太らせるために法外な対価を巻き上げられ、発展途上国は先進工業国から食い物にされているのです。
少し能書きが長くなりましたが、これから数回にわたって、『高校生の環境講座』の内容をベースに、前世紀から続く地球の温暖化傾向とは何なのかを、自然科学の問題として紹介しようと思いますので、しばらくお付き合いください。
前回も少し紹介しましたが、福島第一原発事故後に福島県で行われている小児甲状腺がんの発症についての追跡調査の結果を疫学的にまとめた岡山大学の津田教授の論文についての続報です。
まず、10月8日に行われた同論文についての外国特派員協会での記者会見について報じた日刊ゲンダイ10月9日の記事を紹介します。
まず、なんともやりきれないことですが、本来ならば調査を行った福島県がもっと早くに分析結果を公開して、行政として今後予測される甲状腺がんの多発に対する体制を自ら作るべきところが、福島県はこの調査結果はスクリーニング=発症の調査を行ったことによって、通常よりも多少多めの甲状腺がんの発症率が記録されたものであり、福島原発事故による影響は特段無いという立場で、何ら対策を行っていないのです。日本は中国や北朝鮮と違って情報は公開されているといいますが、行政が事実を伝えない状況は似たようなものということです。
更に、津田教授の疫学調査論文を発表したのが、日本の医学や疫学の学会誌ではなく、国際環境疫学学会の英文学会誌であることにも落胆しました。私も温暖化を巡る論文について経験のあることですが、日本政府や学会主流の意向に反するような学術論文は、この国では握りつぶされるのです。おそらく津田教授の論文も日本国内では公開する機会が得られなかったのではないかと推測します。
そして、同論文についての10月8日の記者会見も、日本記者クラブではなく、外国特派員協会主催の記者会見であったことも、悲しむべきことです。
日刊ゲンダイの記事について、少し補足しておきます。
記事において、2013年のWHOによる小児甲状腺がん発症確率の推計では通常の10倍程度としていたところが、福島県の調査結果がそれよりも遥かに高い20−50倍という値を示した点について、その原因として会見で津田教授は、福島原発事故に対する日本の公式発表としての放射性ヨウ素の放出量が現実を反映しておらず、意図的に過小評価した疑いがあることを指摘していました。
原発の深刻事故が起こったことは悲しむべきことですが、福島の状況を克明に記録することは、今後起こるかもしれない原発の事故において重要な情報となるものですから、隠蔽や改竄すること無く、正確に記録することこそ第一義的に重要な事です。残念ながら日本政府や東京電力、原発推進勢力はできるだけ事故を矮小化して、責任を回避することにばかりに腐心している状況は情けない限りです。
また、公式発表を鵜呑みにして、福島の“明るい”復興に関するニュースばかりを垂れ流し、汚染地帯の現状の深刻さに対する報道が激減している日本の報道機関の体たらくには呆れ果てるばかりです。
また、福島県の行政や研究者たちが、調査結果の小児甲状腺がんの発症率が高いのはスクリーニングの影響であり、原発事故の影響は無いとしている点について、会見で津田教授は「そのようなことを述べる研究者は疫学調査というものについて分かっていない者である」と断じました。
津田教授によると、スクリーニングによる影響は一般的に平常値の数倍程度であり、10倍を越えることはないというのが常識であり、20-50倍という高い値は明らかに異常な値であると述べています。
また、今回の福島県の調査結果では、地域によって発症率は20-50倍の幅があります。つまり2.5倍程度の地域差があります。津田教授によると、放射性ヨウ素による被曝線量と小児甲状腺がんの発症率は比例するということです。つまり、放射性ヨウ素による被曝線量の多い地域ほど発症率が高く、少ない地域ほど発症率が低いという差が明瞭に現れていることからも、現在福島県で起こっている状況は原発事故の影響であることは明白です。
これだけのデータが有るにもかかわらず、福島県では原発事故による放射性ヨウ素の放出による被爆が原因となる小児甲状腺がんの増加はないと言いはり、何の対応もしていない状況は許されるはずがないと思います。
以下、津田教授のレポートのアブストラクト(概要)と英文論文を紹介します。
著者
津田敏秀(岡山大学大学院環境生命科学研究科・人間生態学講座)、
時信亜希子(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科・疫学衛生学講座)
山本英二(岡山理科大学情報学部・情報科学講座)
鈴木越治(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科・疫学衛生学講座)
アブストラクト(和訳)
背景:2011年3月の東日本大震災の後、放射性物質が福島第一原子力発電所から放出され、その結果として曝露された住民に甲状腺がんの過剰発生が起こるかどうかの関心が高まっていた。
方法:放射性物質の放出の後、福島県は、18歳以下の全県民を対象に、超音波エコーを用いた甲状腺スクリーニング検査を実施した。第1巡目のスクリーニングは、298,577名が受診し、第2巡目のスクリーニングも2014年4月に始まった。我々は、日本全体の年間発生率と福島県内の比較対照地域の発生率を用いた比較により、この福島県による第1巡目と第2巡目の2014年12月31日時点までの結果を分析した。
結果:最も高い発生率比(IRR)を示したのは、日本全国の年間発生率と比較して潜伏期間を4年とした時に、福島県中通りの中部(福島市の南方、郡山市の北方に位置する市町村)で、50倍(95%信頼区間:25倍-90倍)であった。スクリーニングの受診者に占める甲状腺がんの有病割合は100万人あたり605人(95%信頼区間:302人-1,082人)であり、福島県内の比較対照地域との比較で得られる有病オッズ比(POR)は、2.6倍(95%信頼区間:0.99-7.0)であった。2巡目のスクリーニングでは、まだ診断が確定していない残りの受診者には全て甲状腺がんが検出されないという仮定の下で、すでに12倍(95%信頼区間:5.1-23)という発生率比が観察されている。
結論:福島県における小児および青少年においては、甲状腺がんの過剰発生が超音波診断によりすでに検出されている。
九州電力の川内原発の再稼働に続いて、玄海原発、そして四国電力の伊方原発でも再稼働への準備が進んでいます。私の住む別府市からは伊方原発のある佐多岬半島を見ることが出来ます。伊方原発が深刻事故を起こした場合には、佐多岬半島の伊方原発より西側に住む住民は船で大分県に避難することが予定されており、直近の訓練で初めて大分県と合同の対応を検証するそうです。
10月6日の原子力防災会議で、安倍は事故が起きた場合には国が責任を持つという趣旨の発言をしました。しかしこれについては2つの点で愚かな発言だと考えます。
まず、何度も書いてきましたが、原子力発電所とは営利目的の民間企業の一事業所に過ぎません。事故が起こればその全責任は発電所を所有する電力会社などの事業者が100%責任を持つべきであり、自然災害ではないのですから、国や地方公共団体は税金を投入する根拠がありません。また、現在行われている原発事故を想定した地方自治体持ち出しによる避難計画の策定や訓練費用に関しても、電力会社の経費負担で行うべきものであり、税金を投入することは必然性がありません。
電力供給の完全自由化するというのであれば、なおさら国や地方自治体による税金投入による原子力発電所に対する優遇には正当性がありません。更に、自由化後の全ての電力料金に対して原発の後処理のための負担金を上乗せするなど、もってのほかです。
第二に、福島原発事故発生から4年半が経過した福島の現状で分かるように、原発に深刻事故が起こった場合に国が責任を持つと言ったところで、何ら具体的で確実な対処方法など存在せず、事故の影響は経済的被害、人的被害を含めて長期間にわたって続くことは避けられず、いつ収束するかの保証など何もないのです。
福島で甲状腺がんが多発、チェリノブイリと酷似(2015/10/08 に公開)
福島県内の子どもの甲状腺がんが多発している問題で8日、岡山大学の津田敏秀教授が外国人特派員協会で記者会見を開き、多発の原因が「被ばくによる過剰発生」であるとした論文の概要を説明した。津田教授は現在の状況について、「チェルノブイリにおいて、4年以内に観察された甲状腺がんと同じような状況にある」などと述べ、今後さらに大規模な多発が起きる可能性があると警告した。
毎度の軽薄・裏付け無しの安倍晋三の安請け合いなど、空手形にすぎないことを知るべきでしょう。
この安倍晋三の空手形を受けて、愛媛県知事は伊方原発再稼動に国のお墨付きを得ることが出来たと言うのですからお粗末です。彼は、実質的な国の責任のとり方の内容を深く考えずに、事故が起きたときの住民の被害を無視して、大義名分としての首相の発言が欲しかっただけなのでしょう。税収・補助金を受けるために住民を電力会社に売り渡したということでしょう。
これを受けてか?、伊方町議会は伊方原発再稼動賛成の陳情を満場一致で採択したそうです。最も地元住民に寄り添うべき伊方町の議員たちの中に、誰ひとりとして反対議員がいないとは、何と情けないのでしょうか?!
さて、日本は先の国会において安倍ファシスト政権によって、集団的自衛権の行使を背景として自衛隊が米軍と一体化して世界中で作戦行動を行えるようにした戦争法が成立しました。日米安保条約は、名実ともに軍事同盟になったのです。したがって、日本は米軍と戦争状態にある国にとって、直接的な攻撃対象になったのです。
例えば、米国と戦争状態にある北朝鮮は、米軍との軍事衝突が起これば、日本国内にある米軍基地にとどまらず、日本そのものを攻撃することに大義名分を得たわけです。
安倍ファシスト政権は、東アジアの周辺諸国(具体的には北朝鮮と中国)との緊張関係が「かつて無いほど高まっている」のだから、集団的自衛権の行使を含む戦争法が必要だと主張して、強引に戦争法を作りました。もしそのような危機が本当に迫っているというのならば、日本における最も攻撃対象となりやすい社会的に重要であるにもかかわらず脆弱な施設に対して、防御システムを強化する必要があるはずです。
日本は福島原発事故によって、世界中に原子力発電所の脆弱性と危険性を大々的に宣伝してしまいました。もし私が日本を攻撃するとすれば、まず最初に狙う標的は原子力発電所です。したがって、戦争法が成立した今、最も武力攻撃の対象となりやすい施設となった原子力発電所の安全性評価に、武力攻撃に対する安全性の評価が含まれないのは不合理です。発現の確率から考えれば、巨大地震災害などよりも北朝鮮からの武力攻撃の方がはるかに危険が高いのではないでしょうか?あるいは安倍ファシスト政権が主張した差し迫った危機など存在しないのでしょうか?(笑)
註)原発を攻撃するには長距離ミサイルなど必要ない。
原発が攻撃される想定として、長距離ミサイルによる攻撃を想定する方が多いようですが、それだけではありません。日本の原発は、臨海部に林立しています。原子炉そのものを破壊する必要などありません。海から夜陰に紛れて小型の高速艇で少数の武装工作員を潜入させて、制御棟を制圧して、原発の制御システム・冷却システム・電源システムを破壊すればそれで十分なことは福島原発事故でも明らかです。