大気中CO2濃度の上昇は気温を低下させる⑤
射出率と放射平衡温度
黒体の熱放射現象について、放射と温度の関係を示す式としてステファン・ボルツマンの式があります。黒体の放射発散度をI(W/m2)、黒体の温度をT(K)、ステファン・ボルツマン定数をσ=5.67×10-8(W・m-2・K-4)とすると次式が成り立ちます。
I = σT4
実際の物体は黒体のようにすべての波長の電磁波を完全に放射し、あるいは吸収することは出来ません。温度Trの実際の物体からの放射発散度Irは温度Trに対する黒体放射に対する比率εを用いて次のように書くことができます。
Ir = ε×I = ε×σTr4
このεを射出率と呼び、
0 < ε < 1.0
です。εは物質ごとに波長λに対して固有の分布を持っているので、形式的に波長の関数として次のように書き表すのが適当でしょう。
ε = ε(λ)
ある物体からの放射発散度Irがわかっている場合、それを黒体放射だと仮定して求めた物体の温度を放射平衡温度といいます。つまり、
T = (Ir/σ)1/4
実際の物体の温度Trは射出率εを用いて
Tr = {Ir/(εσ)}1/4 > T ∵ ε < 1.0
つまり、実際の物体の温度Trは必ず放射平衡温度Tよりも高くなります。
簡単な例として、灰色大気について考えてみます。灰色大気とは波長に対して射出率が変化しない仮想の大気です。次の図に、255(K)の黒体とε = 0.8 と 0.6 の灰色大気の分光放射発散度の分布(放射スペクトル)を示します。ε = 1.0 の曲線から下の部分の面積をλ = 0から∞の範囲で積分した合計の面積が255(K)の放射発散度Iです。
灰色大気の射出率をε = 0.8だとすると、255(K)の灰色大気からの放射発散度Ir = 0.8×I < I です。灰色大気からの放射発散度がIになるためには、灰色大気の温度Trは255(K)よりも高くなることが必要です。
このように、熱平衡状態では、灰色大気の温度は必ず放射平衡温度よりも高温になります。しかも射出率が小さい物体ほど温度は高くなります。
対流圏大気のCO2濃度の上昇で気温は低下する
前回見たように、対流圏大気による地表面放射の吸収局面において圧倒的に大きな割合を占める水蒸気H2Oは、高度の上昇に伴い急速に密度が低下します。
地表面放射の吸収局面ではH2O以外の赤外活性気体の効果は、H2Oの赤外線吸収帯域との重複からごく限られており、したがって濃度変化による大気の赤外線吸収率に与える影響は限定的です。
一方、対流圏上層に行くほどH2Oの密度は他の赤外活性気体に比較して急激に低下するため、大気の赤外活性に占めるH2O以外の赤外活性気体の割合が大きくなります。H2O以外の赤外活性気体の濃度変化の影響は大気の赤外活性に直接反映されることになります。
前述の通り、熱放射によって同じエネルギー量を射出する場合、射出率の小さな物質ほど温度は高くなります。有効太陽放射と熱平衡になるために必要な対流圏上層大気からの放熱量が変化しない場合、対流圏上層大気の射出率が上昇すれば、必要な大気温度は低くなります。対流圏大気の平均的な気温減率が変化しなければ、地表面付近の大気温度=気温も対流圏上層大気と同じだけ低くなります。したがって、大気中CO2濃度の上昇は、気温を低下させます。